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あ・らへん
- 2018/12/03(Mon) -
女の子のお腹を触診しながら「どこが痛い?」と訊くと、「真ん中らへん」という返答。
若者言葉でよく耳にする「らへん」ですが、目くじらを立てるほど嫌いな表現じゃありません。

それが間違いなのはわかっています。
「ここらへん」=「此処等(ここら)+辺(へん)」を、「此処+らへん」のように誤解した結果です。
このように誤った解釈で言葉が変化する現象を「異分析」と呼ぶことは、前にも書きました。

異分析はたいてい、言葉の分かりやすさや使いやすさを追求した結果なので、しばしば親しみがもてます。
「等(ら)」と「辺(へん)」を重ねた「らへん」には、よりアバウトに表現しようという遠慮を感じます。

若い方に何かを尋ねると、「あ、○○です」と、冒頭にいちいち「あ」が付くことがありますね。
将棋の藤井聡太七段も時々、そのようなしゃべりをしているのをテレビで見かけます。

「ああそれは」を短縮した形の「あ」なのか、ワンクッション置いて答えようとする表現なんでしょうね。
若い人は敬語や婉曲表現に自信が無いので、それを補おうと、新表現を繰り出してくる傾向があります。
「大丈夫ですか」とか「よろしかったですか」などもみな、その範疇と言えるかもしれません。

冒頭の女の子に、腹部を押さえながら「痛い?」と訊いたら「あ、痛い」と、「あ」付き表現。
すかさず「誰に会いたい?」とツッコんだのですが、スルーされました。

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ほぼほぼ大丈夫
- 2018/11/05(Mon) -
聞いてて違和感のある言葉だった「ほぼほぼ」ですが、ほぼほぼ慣れましたね。
少々言いにくい言葉なのにどういうわけか広まっているのは、その語呂の面白さゆえでしょうか。

最初に聞いたときにはすぐ『ボボボーボ・ボーボボ』を思い出しましたが、この話は膨らませないでおきます。

「よろしかったですか」などの若者言葉にはいまだにムカつく私ですが、「ほぼほぼ」にはなぜか寛容です。
文法的に間違ってるわけじゃないし、なんなら自分でも使ってみたりもします。あくまで、わざと、ですけど。
わざと使ってるうちに自分の中で定着してしまうのは避けたいですが、ミイラ取りになるかもしれません。

似たような言葉でいうと、「まずまず」という表現が、「まず」と同様の意味で使われることがありますね。
このとき、「まず大丈夫」と「まずまず大丈夫」では、どっちがより大丈夫なのでしょう。
あるいは、「まあ元気」と「まあまあ元気」では、どっちが元気?

「まず大丈夫」=「90%大丈夫」ならば、「まずまず大丈夫」=「まず(まず大丈夫)」=「81%大丈夫」
数学的にはこのような感じで大丈夫でしょうか。

いやいやむしろ、繰り返すことで強調するというのが本来のはず。「まずまず大丈夫」の方が大丈夫なのです。
なので「ほぼほぼ」も、「慣れた」>「ほぼほぼ慣れた」>「ほぼ慣れた」、という順番ですかね。

「現代用語の基礎知識2018」にも「『ほぼほぼ』は『ほぼ』よりも確実性の高いときに使う」とありました。
ていうか、そんなことはほぼほぼ考えずに、ほぼほぼ「ノリ」で使ってると思いますけどね、世の人々は。

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ゾフルーザ出番待ち
- 2018/10/23(Tue) -
「新しいインフルエンザ治療薬『ゾフルーザ』って、よく効きますか?」
最近そのように尋ねられたのですが、申し訳ありません、まだ一度も処方したことがないのでわかりません。
理屈や前評判ではなく、自分で処方してその効果を実感してみたいものですが、まだその機会がないのです。

医薬品の名称にはうるさい私ですが、「ゾフルーザ」は発音しやすいのに個性的で、ザ行の響きが良いですね。
「ノックアウト(XO)」+「インフルエンザ(influenza)」→「XOFLUZA」という命名法だそうです。

「XO」で「ゾ」と読ませるところがミソでしょうか。でも「XO」といえば、私がすぐに思い出すのは、

(1)ブランデー
XOとは「extra old」の意味。めっちゃ古い(=熟成年数がとても長い)、ってことですね。
VSOPよりもナポレオンよりも上のランクだと、私は理解しています。最近は、ほとんど飲まなくなりました。

(2)XO醤
この分野にうといので、解説不能です。名前の由来はブランデーのXOをまねたようですが。

(3)キサンチンオキシダーゼ(xanthine oxidase ; XO)
食物中の遺伝子成分に含まれるプリン塩基、アデニンとグアニンが代謝されると、キサンチンになります。
そのキサンチンを酸化して尿酸に変える酵素がXOで、そのXOをブロックする薬が「XO阻害薬」です。
高尿酸血症の方の多くが、XO阻害薬(商品名「ザイロリック」など)を飲んでいます。
ザイロリックは「ザ」で始まるので、「Xa」なのかと思えばそうじゃなくて「Zyloric」。つまらん。

そういえば、カトリック教会の聖フランシスコ・ザビエルは、「Xavier」ですね。
山口市の母校(中学校)の正門前の丘(亀山)の中腹に、ザビエル(サビエル)記念聖堂がありました。
90年代に火災で焼失し、その後再建された新聖堂を、実はまだ私は見たことがありません。
山口にはもう、だいぶ行って(帰って)ないってことですね。

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苦肉の策
- 2018/09/29(Sat) -
9月29日のネタとして「苦肉の策」に触れるのは、意外にも、今回が初めてです。
その語源とされている、私の好きな三国志の名場面は、あえて身内を痛めつけて相手をだます計略でした。

偽りのいさかいによって激しくムチ打ちされた部下が敵に偽装投降し、敵陣内で放火を敢行した作戦です。
映画『レッドクリフ』でも描かれた「赤壁の戦い」の中のエピソードなので、結構知られている話ですよね。

投降が偽装であることを悟られないためには、次の条件が重要でした。
(1)ムチ打ちの刑に処されるまでの経緯が自然であること
(2)ムチ打ちの程度があまりにもひどく、敵に寝返ることが自然に見えること
(3)それらの一部始終を、敵のスパイが見ていること

つまり、偽装とは思えないほど重い刑罰を、敵のスパイに目撃させることが、成功の秘訣だったわけです。

身内(=肉)を苦しめれば苦しめるほど、敵はだまされるわけで、ムチ打ちのリアリティーがカギですね。
「苦肉の策」とは、それほどまでに味方を痛めつけることを前提とした計略なわけです。

なので「苦し紛れにひねり出した妙案」ぐらいの意味で「苦肉の策」を使うのは、厳密には間違っています。
苦肉の策とは、「自らを傷つけて相手をだまし、信用させて油断を誘うこと」とすべきでしょう。
その意味では今日のブログも、苦肉の策と言うにはおこがましい、単なる苦し紛れのダジャレネタです。

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誤飲と誤嚥
- 2018/09/23(Sun) -
「子どもがタバコを食べた」「オモチャを飲み込んだ」などという電話相談を、ときどき受けます。
毒物か、腐食性があるか、尖っているか、そしてお子さんの様子はどうか。
誤飲・誤食したモノの内容や子どもの病状によっては、日赤などの救急病院に直行していただきます。

子どもが口にするモノは、さまざまです。保護者の方におかれましては、くれぐれもご注意ください。

「誤飲」「誤食」「誤嚥」の3つの言葉は混同されやすく、そもそも、厳密な定義があるのかも疑問です。
昔は、これらの意味をひっくるめて、広い意味で「誤嚥」を使っていたような気がします。

しかし最近では、「誤嚥」は「飲み込むべきモノを誤って気道に吸い込んでしまうこと」の意味で使います。
その一方で「誤飲」は、「飲み込んではならないモノを誤って嚥下してしまうこと」です。

つまり、誤って嚥下してしまったのが「誤飲」で、ちゃんと嚥下できなかった場合が「誤嚥」です。
日本語的には、しっくりきませんね。

「飲み込む(=嚥下する)」ことを英語で “swallow” といいますが、「ツバメ(燕)」も “swallow” です。
当然、両者は同語源かと思いきや、そうでもない。スペルが同じなのは、偶然の一致のようですね。

中学生時代に、スズメの “sparrow” と、ツバメの “swallow” を、私はよく混同していました。
で、私なりの覚え方。「進め!、じゃないのが、座ろう!」

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さくらももこ氏死去
- 2018/09/10(Mon) -
「さくらももこの訃報を目のあたりにして『神のちから』(さくらももこ 小学館)を引っ張り出した」

週刊文春の『私の読書日記』欄で、三上延氏がそのように書いていたので、私も引っ張り出してみました。

『神のちから』が書斎にあることは、わかっていました。震災後の片付けの時に、目にした記憶があるのです。
では、どこにあるのか。メインの、作り付けの棚ではありません。そこは今、スコッチが占領してますから。
古い(購入して20年以上を経た)本ばかりを収納した、いちばんへんぴな書棚を探してみます。
はたして、前後に重なった本の後ろ側のいちばん日の当たらない場所に、その『神のちから』はありました。
まあ、もともと書斎自体に日は当たりませんけどね。窓は小さい上に、シャッターを下ろしてますから。

あらためて読むと、ひどくシュールですね。四半世紀ぶりに読んだのに、ほとんど内容を覚えていました。
とくに私が好きなのが『それていくかいわ』です。当ブログの読者なら、お分かりいただけるでしょう。

『神のちから』に収録されている最後のエッセイは、「こんすたんちのーぷるのおもいで」です。
それは、「まだ見ぬ土地、コンスタンチノープルよ、さようなら。おなら。」で締めくくられていました。
そのシュールさは、私にはとうていマネできません。『ちびまる子ちゃん』とのギャップも、なかなかです。

53歳という若さで、さくらももこ氏の命を奪ったのは「乳がん」でした。
息を引き取る前の最後の言葉は、「さようなら、おなら」だったかもしれません。

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熊本でも風疹
- 2018/08/31(Fri) -
ついに熊本県内でも風疹患者が出ました。県北部に住む30代の男性で、昨日診断されたようです。
その男性と、風疹の免疫をもってない妊婦さんとの接触がないことを、祈るばかりです。

風邪かと思うような微熱と同時に、からだに発疹が出ます。「風邪+発疹=風疹」です。
じゃあ「邪発」はどこ行ったのか、という疑問は残りますが、今回そこは掘り下げません。

怪しいと思ってもいきなり受診せず、まず電話でご連絡ください。診察時には隔離する必要があるからです。

ところで「疹」の字は、「常用漢字表」に含まれていません。平成22年の改定でも追加されませんでした。
日本新聞協会は同年、常用漢字表にない漢字(表外字)のうち5字を、「新聞常用漢字表」に追加しました。
その5字というのが、「磯」「絆」「哨」「疹」「胚」でした。
それ以来、「麻しん」「風しん」などの表記が徐々に、「麻疹」「風疹」に変わりつつあります。

漢字のほかに、どうしても気になるのが「発疹」の読み方ですね。「ほっしん」か「はっしん」か。

NHKは平成22年から、それまで認めていなかった「ほっしん」も、優先順位2位で採用すると決定しました。
しかし第1位は「はっしん」なので、ニュースでメインキャスターが「ほっしん」と言うことはなさそうです。
ただし地方局や民放や、アナウンサーではない方の発言などでは、「ほっしん」も耳にします。

医療現場では間違いなく「ほっしん」です。だからニュースで「はっしん」と聞くと、違和感があります。
「はっしん」には「発信・発進」等のよく使う同音異義語があるので、「ほっしん」に合理性がありますよね。

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ちぇすと行け!
- 2018/08/12(Sun) -
大河ドラマ『西郷どん』の締めはいつも、「ちぇすと!、きばれ!」という西田敏行氏のナレーションです。
「ちぇすと」という鹿児島弁の意味は、なんとなくわかります。気合いを入れるための、かけ声でしょうね。
あらためて調べてみたら、その語源には諸説ありました。

(1)「強くすっど」→「つぇすっど」→「ちぇすと」
(2)「知恵を捨てよ」→「ちぇすてよ」→「ちぇすと」
(3)「胸(CHEST)を狙え」

このうち私は、いちばん突拍子もない(3)を支持しますね。だって鹿児島弁の語源が英語だなんて、面白い。

日常語で「胸」と言えば、おもに上半身の前の部分を指しますが、これは英語では “breast” です。
英語の “chest” は日本語とは異なり、頚部と腹部の間の胴体全部を指します。
医学用語では、胸部にはしばしば “thorax” という言葉を使い、「胸部外科」なら “thoracic surgery” です。

『CHEST』という名前の医学雑誌があります。胸部疾患に関する臨床・研究論文を掲載する英文雑誌です。
実はこれは、私が医者になって最初に著者に名を連ねた英文誌です。
もちろん自分では何も執筆しておらず、先輩医師のお情けで「共著者」にしてもらっただけです。

でも、その有名な医学雑誌に自分の名前が印刷されているのを見ると、励みになりましたね。
次は自分が「筆頭著者」になる!(=自分が論文を執筆するぞ!)と、やる気が出てくるものです。
前述の先輩は、『CHEST』は意外と審査が甘いから、頑張って論文を投稿したらどうかと勧めてくれました。
まさに「チェスト行け!」なわけですが、残念ながら私は、先輩の期待に沿うことはできませんでした。

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逆走台風接近中
- 2018/07/29(Sun) -
関東上陸かと思っていた台風12号は、西向きに進路を変えて西日本を縦断し、ついに九州に上陸しました。
しかもあろうことか、九州西岸をゆっくり停滞気味に南下するらしく、九州への影響が続きそうです。
まさかその後で、通常の台風のように北東に進路をとって、また西日本を縦断したりはしないでしょうね。

各地にさまざまな被害をもたらしていますが、最近の私の関心事は「空の便」への影響です。
NHKによると、現時点で航空各社合わせて179便で「欠航または欠航が決まっています」だそうです。

「欠航または欠航が決まっています」ってよく聞きますが、この言い方、昔から違和感があるんですよね。
「欠航、または欠航が決まっています」と読点が入っても、耳で聞いたら同じことです。

「A、またはBが決まっています」と聞けば、AかBのどちらかに決まってるんだろうな、と思うのが自然。
「A、またはAが決まっています」と聞いたら、ナニそれ、どっちもAじゃん、となるのは当然でしょう。

「すでに欠航したか、今後の欠航が決まっています」と言うのが正しい表現のはず。でもニュースでは、
「欠航、または欠航が決まっています」と略しており、まったく不親切で不適切。今日も何度も聞きました。

わかりにくさの原因は、最初の「欠航」が体言止めだからだでしょう。
話し言葉の体言止めは、CMなんかではよく耳にしますが、ニュース原稿では極力避けるべきですね。

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メモらないと忘れます
- 2018/06/27(Wed) -
トシのせいか、あるいは病気か、近年ますますもの忘れが激しくなってきました。
このことはもう、何度も書いてきましたが(たぶん)、何度も書いておきたいテーマです(覚えてるうちに)。

もの忘れを分類するなら、
(1)いま覚えたことをすぐ忘れる(記憶を保持できない)
(2)少し前まで覚えてたはずなのに、どうしても思い出せない(記憶を取り出せない)
の2つの要素があると思ってきましたが、もうひとつ、
(3)そもそも、最初からちゃんと覚えていない(覚える気が無い)
というのも、あるかもしれません。家庭内でみられる種々の軋轢は、おもに(3)が原因のような気がします。

記憶の保持や取り出しに関しては、まだ、対応策があります。記録です。メモです。
仕事や役所や家族親戚関係等の重要事項は、なるべくパソコンにメモするようにしています。

当ブログも、思いついたことをそのまま書いているような側面があるので、日頃のメモがとても重要です。
「へぇ」とか「ふ〜ん」とか「ウソ!」などと感じた小さな発見・驚きが、ブログのネタになるのです。

その重要なヒントをメモし、しかもどこにメモしたか忘れないように、基本的に使うアプリを限定しています。
パソコン使ってる時には、先日も話題にした「Evernote」に書いておくのが確実。
あるいは、MacとiPhoneでデータが同期している「メモ」にメモするのも便利です。

いま日経の「私の履歴書」では阿刀田高氏が連載していますが、6月13日掲載分に興味深い記述がありました。
(以下引用)
日々の生活の中でつねにアイデアのかけらを探している。思いついたことはとにかくメモにする。断片的な一行でもいい。これを怠ると、
──いいこと、思いついたんだがなあ──
あとでは思い出せず、釣り落とした魚を悔やむこととなる。
(引用ここまで)
あー、わかるわかる、なんて素人の私が言うのもおこがましいですが、でも同じなんですよね、私と。

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獅子奮迅
- 2018/06/14(Thu) -
米朝首脳会談が開かれたのは、シンガポールの「セントーサ島」のホテルでした。
シンガポール自体がマレー(シア)半島の先に位置する島国ですが、そのまた先っぽにある小島なんですね。
地図で見ると、ちょっとフラクタルな感じがいい。
セントーサ島って、シンガポールのどこにあるの?「先頭さ」(書かずにいられませんでした)

シンガポールは、いちどは行ってみたい国ですね。ほぼ赤道直下の、きわめて近代的な都市国家。
観光客が真っ先に見るのは「マーライオン」。大小何体かあるらしいですね。全部見ましょう。
それから、地震国日本人には想像もできない構造の、高層ビルの上に船みたいなのが乗ってるやつね。
そのホテルに、旅行サイトから宿泊予約を入れようとしたけど(試しに)、全然取れません。ずっと満室。

シンガポールの語源は、マレー語の「シンガプラ(Singapura)」。「ライオンの町」の意味だそうですね。
サンスクリット語でライオンを意味する「シンハ」が由来とのこと。

「シンハ」と聞いて、すぐに思い出すのは、タイの「シンハ(Singha)ビール」でしょうね、やっぱり。
ラベルにライオン(ていうかほぼ、獅子)の絵柄が描かれてるやつ。あの獅子が「シンハ」でしたか。
小泉純一郎元首相が、衆院解散回避の説得に来た森喜朗元首相に振る舞ったビールということでも知られます。
ライオンのような髪型がトレードマークの小泉氏ですから、シンハビールを愛飲していたと想像できますね。

「獅子」も「シーサー」も語源は「シンハ」。「狛犬」は高麗から伝来した獅子。結局みな、似てます。
「獅子の子孫」の意味の「シンハラ人」は、スリランカの主要民族。国旗にはまさに獅子が描かれています。
ライオンに由来する事柄って、世界中にありそうです。
古代の人は、百獣の王ライオンを神や王の権威と重ね合わせ、建国の神話に盛り込んだのでしょうね。

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初孫は初々しい
- 2018/05/15(Tue) -
初孫に、会いに行きました。
感字屋さんに作ってもらった命名書を携えて、可愛らしいよだれかけやら何やらを持って、会いに行きました。
おっと、いまどき「よだれかけ」なんて言葉は使わないらしいですね。はぁ?「スタイ」?、初めて聞いた。

ところで、「初孫」と書いて、なんと読むのが正式なのでしょうか。「はつまご」なのか「ういまご」なのか。
どっちが正しい読み方か知ってるかとフランス人に尋ねたら、「うい」と言ったとか、言わなかったとか。
まさか「しょまご」はなかろう。いやいや可能性としては「はつそん」「ういそん」「しょそん」もあり得る。

「初産」と書けば、「ういざん」と読むのが伝統的で、一般的にもよく使われています。
しかし医学用語では「初産婦」を「しょさんぷ」と言うので、「しょさん」の方が学術的な表現なのでしょう。
「しょざん」とも「はつざん」とも言うらしいけど、私が慣れてるのは「しょさん」か「ういざん」ですね。

NHKの8年前の実態調査では、「ういざん」84%、「しょさん」7%、「しょざん」4%、「はつざん」2%。
今はもう少し低いかもしれませんが、それにしても「ういざん」率の高さが私には意外でした。

それに比べれば、「ういまご」率は、そこまで高くないような気がします(個人の感想です)。
一方で「初陣」は「ういじん」としか読まないようですね(辞書でザッと確認済)。

辞書(日国)によると、「うい」は「生まれて初めて」の意味であり、「はつ」は一定の周期ごとの初回だと。
初陣・初産・初孫は「うい」で、初雪・初春・初夢は「はつ」だというわけです。

「初々しい(ういういしい)」という言葉もあるように、「うい」には幼くて新鮮な印象がありますよね。
そう思いませんか、フランス人の方。

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カンフル剤
- 2018/04/25(Wed) -
「カンフル剤」って何ですか?、というご意見を頂戴しました。昨日のブログで書いた言葉についてです。

「カンフル」とは「樟脳(しょうのう)」のこと。昔は蘇生薬とか防虫剤の定番でした。
いまは薬としてよりも、比喩的な使われ方がほとんどです。いや、それももはや死語かもしれませんね。
起死回生の切り札としてのカンフル剤は、一時的に状態を改善させても、病状を根治させる薬ではありません。

ちなみにカンフル(樟脳)という化合物は、元々は「クスノキ」から精製されました。
当院の近隣に「楠」という地区があるので、クスノキという名称にはなじみがあります。
昭和43年、団地開発中のその地に数本の楠があったのが地名の由来だと、楠小学校のサイトにありました。

その楠に隣接して「楡木」という地区もありますが、どうしてクスノキは楠で、ニレノキは楡木なんでしょう。
たぶん、植物の名称としては「クスノキ」と「ニレ」なのでしょう。

「楠」と同様に、漢字一字で語尾が「ノキ」の木には、「エノキ(榎)」と「ヒノキ(檜)」が思いつきます。
これらの漢字に含まれる「ノキ」は、元々は「の木」だったと考えるのが自然でしょう。
最初は「楠(の)木・榎(の)木・檜(の)木」だったのが、やがて「楠・榎・檜」になったというわけです。
これらはいずれも大昔から日本にある植物で、長い年月の間に表記が簡略化されたものと推測します。

徒然草には「榎木の僧正」が出てきます。鎌倉時代には「榎」ではなく「榎木」だったことの証です。
同時代には「楠木正成」という人物もいましたね。その頃はまだ、「楠」ではなく「楠木」だったのでしょう。
こういう想像を巡らすのは楽しいのですが、学者によるちゃんとした論文や解説をぜひ読んでみたいものです。

ちなみに楠木正成は、鎌倉倒幕の「カンフル剤」として活躍しましたが、最後には不本意な結末を迎えます。
カンフル剤というのは所詮、一過性の作用しかないわけです。

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旧友と痛飲
- 2018/03/15(Thu) -
「旧友と痛飲」とタイトルを書いたら、「休養と通院」というフレーズを思いついたので書き留めておきます。

今夜は、学生時代の友達との飲み会です。彼とは高校時代の3年間同級で、大学でも同じ下宿でした。
しかし学部も違う彼とは、進路もまったく異なり、今日まで30年以上、ずっと会っていませんでした。

年賀状のやりとりをするだけの関係が、30年以上続いていたわけです。
卒業し、就職し、結婚し、子どもができ、その子どもたちも、成長し、就職・結婚しました。
しかし2人の男が再会して、子育ての苦労話ばかりするわけではありません。じゃあ、何の話なのか。

実はまだ、飲んでません。出かける前に、あらかじめブログを書いているところです。
飲んで帰宅後に執筆できる自信がないので(時間的にも肉体的にも)、今のうちに書いているのです。

大いに酒を飲むことを、なぜ「痛飲」というのでしょう。
飲み過ぎて、嘔吐(胃痛)・下痢(腹痛)・二日酔い(頭痛)が起きるからなのでしょうか。
転倒打撲による全身痛もあり得ます。あと、懐も痛みますね。

辞書によると、「いたく感動した」の「いたく(痛く・甚く)」と同じく、「ひどく」の意味のようですね。
「いとおかし」の「いと」とも同語源とか。なるほど。

「痛飲」のほかに、多量の酒を飲むという意味の「○飲」という表現を探してみると、たくさんありました。
「大飲」「満飲」は良くて、「乱飲」「暴飲」は良くない。「豪飲」は中間。あきれるほど飲めば「飽飲」。
牛が水を飲むが如く飲酒することを「牛飲」というそうで、さらに「鯨飲」なんてのもある。
今宵は、心楽しく飲む「楽飲」となることでしょう。

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雑誌いろいろ
- 2018/03/12(Mon) -
朝刊(日経)はいつも1面から見ますが、トップニュースはすでに電子版(ネット)で読んだ記事です。
なので目線は下の方に降りて、コラム(春秋)を読み、ついでにその下の、書籍や雑誌の広告を眺めます。

今日は月刊誌等の広告が6枠並んでいました。この欄でいつも目にする雑誌広告を、いくつかあげてみると、

『Samgha Japan(サンガジャパン)』(仏教のリアルを探す総合誌)
今回の特集は「医療と仏教」のようです。気になりますね。立ち読みしても、バチは当たらないでしょうか。

『月刊 養豚界』(養豚の現場がわかる・見える)
毎日のように豚肉を食べているというのに、養豚業界については何一つ知らない私です。
養豚界と聞いても、「酔ぉとんかい?」みたいなフレーズが思い浮かぶだけです。

『Wan』(ひとつの犬種を総力特集する愛犬情報誌)
これは土曜日に広告が出てました。今回はヨークシャー・テリアが特集。「ヨーキー」って言葉、知りました。
フレンチ・ブルドッグが特集のときには、買うことにしよう。

『製菓製パン』(お菓子とパンの情報発信誌)
和菓子特集は「珈琲風味の和菓子集」。和菓子x珈琲が「新たなトレンド」だとか。へぇ。食べてみよう。

『卓球王国』(こだわりの卓球情報誌)
ロゴが面白い。「国」という字の点が、ピンポン球みたいな球形なんですよね。

調べてみると日経の一面では、1枠の広告料は746,000円だとか。いつか当院も、広告を出してみますか?

『月刊 ひまわり通信』(医療界のリアルを総力で探すこだわりの情報誌)
特集は「降圧剤丸わかり この冬処方したいクスリ 超簡単○×検証 最新配合剤徹底レポート」
第2特集「インフル検査 陽性を出すための技術、ポイントは右手首のスナップ(実技DVD付き)」

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親族代表謝辞全文
- 2018/02/11(Sun) -
本日の結婚披露宴で、親族代表として私が述べた謝辞を、思い出しながら、ここに書いてみます。
こんな私的な文章をブログで紹介するのもどうかと思いますが、すでに多くの方の前で喋った内容ですから。
ご笑読いただければ幸いです。
–––––

新婦の父、鶴原由一でございます。
僭越ではございますが、両家を代表いたしまして、一言ご挨拶させていただきます。

皆様方には、連休中にもかかわらず、また雪の舞うこのような寒い日に、新郎新婦のためにご列席をたまわり、心より御礼申し上げます。

娘の麻衣は、いまでは皆様ご想像もつかないでしょうけど、小さい頃には本当に人見知りの激しい子でした。
それが、学校や社会で多くの方々と接するうちに、今ではむしろ、ひとよりもよくしゃべる、明るく活発で行動的な子になりました。
ことわざに言う、三つ子の魂百まで、なんてのは、あれはウソですね。

ある日、娘が、わが家にやす君を連れて来ました。やす君というのは、わが家における、新郎の呼び名です。
そのやす君の、すばらしく素敵な笑顔と男っぷりに、私は即、二人の結婚を承諾いたしました。

ただ、娘の名前が、鶴原麻衣から長麻衣に変わると思ったとき、まるで蝶が舞いとんで行くような、そんなことを連想して、しみじみとした気持ちになっておりました。

しかし今日、この披露宴で、多くの方々に祝福していただき、まことに楽しく盛り上げていただいたおかげで、すっかり晴れ晴れとした気持ちになりました。
いまの二人があるのは、そして二人が出会うことが出来たのは、ひとえに皆さまに支えていただいたおかげだと実感し、また安心もいたしました。

これからもどうか、若い2人に温かいご支援と、ご指導ご鞭撻をたまわりますよう、お願い申し上げます。

最後になりましたが、皆様のご健康とご繁栄をお祈り申し上げ、両家の挨拶とさせていただきます。
本日はまことに、ありがとうございました。

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記録中断の恐怖
- 2018/02/01(Thu) -
当ブログはすでに5年半以上、毎日更新を続けています。私にとっては、日記のような苦行です。
ここまで続くと途切れさせたくないのが人情、または根性、あるいはこだわり、ていうか意地。維持する意地。
ところが今日は、連続記録中断の危機がありました。

一般に、連続投稿の中断を余儀なくされる可能性があるとすれば、次のような原因でしょうか。

(1)仕事で帰宅が遅くなる
かつて冬の忙しい時期には、夜10時や11時帰宅のこともありました。深夜0時が締め切りなので、焦ります。

(2)飲み会がある
出かける前か、出かける途中のタクシーで書いたこともありましたが、さいわい、飲み会自体が少ないです。

(3)旅行に出かける
旅行自体がまれ。旅先には必ずMacを持って行きます。予約投稿もできるのですが、どうしても不安なので。

(4)パソコントラブル
大丈夫。職場でも自宅でも、それこそiPhoneでも、ブログの投稿はできるようにしています。内容は二の次。

(5)投稿サイトのトラブル
今日焦ったのはこれ。投稿サイトに通常通りのログインができないのです。いきなり「二段階認証」しろと。
その認証用コードが送られて来たのは、日頃あまり使っていないアドレス宛でした。
ところが、そのアドレスを管理するプロバイダのトラブルなのか、認証用コードのメールがなかなか届かない。
もはやこれまでか、と諦めたその瞬間、何事もなかったようにメールが届きました。こら、脅かすなよ。

教訓:何でも早め早めの準備が大事

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1時間弱とは
- 2017/11/07(Tue) -
「1時間弱」という言葉を、「1時間と少し」の意味だと思っている若い人が結構いると聞いて、驚きました。
NHKの調査によると、20代の4分の1、10代の3分の1が、「1時間弱」の意味を取り違えていたとのこと。

若い人の誤解の原因をNHKは分析していませんでしたが、私には思い当たる節があります。
それは「震度6弱」などの震度表現です。

1996年の震度階級改定によって、震度5と震度6が、それぞれ「弱」と「強」に細分化されました。
「震度5弱」は、従来の震度5よりも弱いのではなく、震度5のカテゴリーのうちの弱い方という意味です。
その「震度5弱」のノリで、「1時間弱」を「1時間台前半」のように感じる人がいるのかもしれません。

これは震度階級の命名法が悪いですね。改定の際には、「1時間弱」などの言葉の存在を考慮すべきでした。
「震度5」を細分化するならば、例えば「震度5」と「震度5強」の二つにするのでも良かったと思います。

「年若い者」の意味の「若年」を、「弱年」とも書きます。この場合の「弱」は、「若い」の意味です。
まだ若くて成熟していないという意味で、「1時間若(弱)」は「1時間足らず」を表すのかもしれません。

「1時間弱」と同様に、「半分弱」と聞けば、若い人には「半分より少し多い」と理解する人が多いそうです。
ちなみにオジサンは、「半分弱」と聞いたら「范文雀」を思い出します。

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文筆以前に書字能力
- 2017/10/14(Sat) -
純愛小説『アナログ』。才能なら俺にもあると、ビートたけしが又吉直樹を意識して書いた小説らしい。

読まずに思ったことは、有名人が書けばすぐに話題になってオトクだな、というひがみ。
才能を見せたいなら匿名で出版すればいいのに、と小説など書けもしないのに文句を言ったりします。
もちろん、この本について誠実に評価するためには、読むしかありません。そのうち読みます(たぶん)。

「新しいことをやることで自分に負荷をかけていきたい」
ビートたけしが、今回の小説刊行に際してこう言ったそうです。この姿勢は、すばらしいと思います。

運動能力でも知的能力でも、ちょっと負荷をかけるからこそ鍛えられ、さらに伸びるというもの。
負荷もかけずに現状維持、あるいは低きに流れる姿勢では、人の能力はどんどん廃れていくばかりです。

先日の開院記念日に、手書きのメッセージを職員向けに書こうとしたら、まともに書けず愕然としました。
漢字を忘れてることは想定済み。だからあらかじめパソコンで原稿書いて、その画面を見ながら書いたのに。

まず、字がヘタ。とてつもなくミミズ。ミミズ以下。元々ヘタなのに、以前にも増してヘタクソになってる。
ちょっと書いたらすぐ疲れる。ボールペンを持つ手の力と筆圧とのバランスが、うまく調整できないのです。
現代人は字が書けない、などとよく言われますが、私の場合は文字通り、書字能力が廃れてきているようです。

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カズオ・イシグロ氏
- 2017/10/06(Fri) -
ノーベル文学賞は、日系英国人作家、カズオ・イシグロ氏が受賞しました。
恥ずかしながら私は、この人のことをまったく知らず、なので作品も読んだことがありませんでした。
イシグロ氏原作の『わたしを離さないで』がドラマ化され、昨年TBSで放送されたようですが、見てません。

世間の流れに慌てて追いつこうと、今朝はさっそく近所の紀伊國屋書店に行ったのですが、すでに売り切れ。
店頭の一角には、陳列台の底を晒した部分がありました。そこがイシグロ氏の特設コーナーだったようです。
がしかし、特設コーナー小っちゃすぎ。わずか50センチ四方。本を並べようにも、在庫がなかったのか。

ふと脇を見ると、村上春樹氏の本が、その数倍以上の広さに平積みされていました。それも悲しい光景です。

すごすごと手ぶらで帰宅。こうなればAmazon頼みです。在庫切れでも大丈夫。Kindle版がありますから。
というわけで今日はまず、『わたしを離さないで』を読みました。

内容には触れませんけど、驚いたことがあったので、ひとつ言わせてください。
『わたしを離さないで』と、4年前の「第1回 星新一賞」に応募した私の作品のプロットが、似てるのです。
もちろん私は、イシグロ氏の作品を知らずに書いたわけで、パクったわけじゃありませんよ。

でも「星新一賞」の選考関係者は、「なんじゃこれ、カズオ・イシグロのパクリじゃん」と思ったでしょうね。
最大限に自己弁護させていただくなら、私の着想だけは、わりと良かったと言えなくもない。
ただし応募作は、文学的な表現も何もない超短編。イシグロ作品とは比ぶべくもない、薄っぺらな作文です。

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新聞連載小説
- 2017/09/07(Thu) -
伊集院静氏による、日経の連載小説『琥珀の夢——小説、鳥井信治郎と末裔』が、おととい完結しました。
サントリー創業者である鳥井信治郎の生涯を軸に、その息子と孫たちの現在までの活躍も描かれていました。

NHKの『マッサン』以来、ウイスキーがマイブームなので、『琥珀の夢』はとても興味深い物語でした。
とは言え、私がジャパニーズウイスキーで飲むことがあるとすれば、マッサンの方(ニッカ)です。

鳥井信治郎氏と、マッサンことニッカ創業者の竹鶴政孝氏とは、こだわりも思想も違います。
しかしこの両者が共にいなければ、世界的評価の高い今のジャパニーズウイスキーはなかったでしょう。
竹鶴氏の強烈なモルトと、天才経営者鳥井氏のグレーンが、見事にブレンドされたわけです(うまくない)。

私がニッカびいきなのは、竹鶴政孝の「鶴」の文字に親しみを感じる面もあります。
銘柄でいうなら、ピュアモルトの「竹鶴」や、ブレンデッドの「鶴」もいい。「鶴」はボトルの形も大好き。
シングルモルト「余市」も、私の名前「由一」を「ゆいち」と読めば、似てなくもない。

さて、日経の連載小説は昨日から、林真理子氏の『愉楽にて』に変わりました。
男女の話から始まったこともあり、なんだかなあ、て感じ。日経の読者層にウケる物語になるんだろうか。
それにしてもこういう新聞連載って、作家は原稿を何日前に書いてるんでしょうね。1週間?、1カ月?
まさか毎回、前日執筆なわけないでしょうけど、もしそうなら、地獄ですね。

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影裏か星の子か
- 2017/08/14(Mon) -
お盆休みの2日目は読書の日。芥川賞受賞作、沼田真佑氏の『影裏(えいり)』を、遅ればせながら読みました。
いつものように、単行本ではなく受賞作全文掲載の文藝春秋を買うところが、ちょっとケチな私です。

内容には触れませんが、ひとことで言うなら「我慢の読書」。短編のわりに読み進むのに時間がかかりました。
なぜなら、情景描写や心理描写があまりにも上手く、「文学的」すぎるからです。私の苦手なジャンルです。

選考委員の村上龍氏や宮本輝氏の、「文章は上手いけれど、なに?」みたいな「選評」に、私も同意します。

芥川賞を沼田氏と最後まで争ったのは、今村夏子氏の『星の子』です。これはKindle版で読みました。
昨年の候補作『あひる』もそうですが、今村氏の文章って、子どもの作文みたいに平易でスイスイ読めます。
しかしまた、子どものように無邪気で不気味ですね。いや〜な雰囲気は、今回も健在でした。

本日の読書3つ目は、「文学界」9月号に収載された、沼田真佑氏の芥川賞受賞第一作『廃屋の眺め』です。
これは、読みやすかった。しかも短編で、あっという間に読めました。ただ、結末がなんとも微妙。

沼田氏って、毎日なにか文章を書くようにしているそうで、受賞後インタビューでこう言ってます。
「書かない日があると、書くのが嫌いになりそうなので怖くて、毎日筋トレのつもりで書いています」
あ、そうそう、それそれ。
私も毎日ブログ書いてて、その「苦行」を何て表現したらいいのかと思ってましたが、そうか、筋トレか。

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「なんなら」の用法
- 2017/08/13(Sun) -
朝からお墓参りをすませ、午前中は部屋の片付けなどして、なんなら午後から炎天下をサイクリングしました。
それもこれも、夕方のビールを旨くするための仕込みです。なんなら今年初めての鰻もいただきました。

こんな感じの「なんなら」の誤用を、ネットでよく目にしますね。誤用なんだけど、なんなら嫌いじゃない。

辞書で「なんなら」を引くと、その意味は2つ書いてあります。
(1)もしよければ。「なんなら私の方からお電話しましょうか」
(2)もしイヤなら。「ビールがなんなら日本酒にしましょうか」

面白いですね、正反対の気持ちを同じ「なんなら」で表すとは。外国人には聞き分けが難しそうです。
たとえば接待の酒席を始めるとき、「お飲み物はビールでよろしかったですか」などと店員に尋ねられた際に、

(1)相手が日本酒好きと知ってて、「なんなら日本酒にしましょうか」(日本酒から始めてよければ)
(2)相手がビール嫌いと知ってて、「なんなら日本酒にしましょうか」(ビールを飲むのがイヤなら)

冒頭に書いたような誤用は、それどころか、とか、さらに言うと、のような意味で使われているようです。
ネットから拾ってきた用例には、「彼女とは何でもないよ。なんなら手もつながなかったし」なんてのもある。

なんなら=もしよければ→もしよければさらに言わせていただきますが、みたいな変化なのかもしれません。
それにしても、ひつまぶしが旨かった。なんならビールも。

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本を読む時間
- 2017/06/09(Fri) -
この時期、診療の待ち時間が長いです。患者さんの待ち時間じゃありません。私の待ち時間です。
つまり、患者さんが少ないのです。人間がいちばん健康的な季節なのでしょう。そう、思っておきます。

診療の合間に何をして時間をつぶすか。流行り物「ハンドスピナー」を買ってみましたが、まあ、つまらない。
ネットを見たり、細切れで読めるような本を読んだりもしています。いま診察室に置いているのは、
『図25枚で世界基準の安保論がスッキリわかる本』(高橋 洋一著)
『謎の漢字』(笹原宏之著)

高橋氏には最近、露骨に政権寄りの発言が多くて、ちょっとイヤですね。
それよりも面白いのは漢字の本。たとえば、「謎」という字をよく見たら、しんにょうの点がふたつある。
これまでの人生で、私はたぶん、この字のしんにょうの点は、ひとつしか書いてこなかったような気がします。
(追記:表示環境によっては、点がひとつのしんにょうに置き換わってますね)

この本の受け売りを書き並べていけば、ブログも捗(はかど)りますね。で「捗」の字。
旁(つくり)の「歩」の部分の、右下の点がない。知らんかった(フォントによっては点が登場しますが)。
もともと「歩」には右下の点がなかったそうです。

自宅でいま読んでいるのは、2冊。並行して2冊読んでいる理由は、1冊だけだと根気が続かないからです。
『佐藤慶太郎伝』(斉藤泰嘉著)は、「石炭の神様」と言われた人物の話。九州の人なので馴染みもあります。
『医者という仕事』(南木佳士著)の著者は、芥川賞作家で医師。私より一回り年上ですが、考えが近い。

読みたい本は山ほどありますが、全部読むには時間が足りません。
でも、齋藤孝氏のように速読をしようとは思いません。単に情報を得るための読書じゃないからです。
それは映画やドラマやドキュメンタリーでも、あらすじだけ聞いたのではまったくつまらないのと同じです。

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藤井四段20連勝の余談
- 2017/06/04(Sun) -
将棋の藤井聡太四段が、史上最年少でプロ棋士となって以来、デビュー戦から負けなしの20連勝中です。

ニュースを聞いていると、「四段」のことをいつも、「よんだん」ではなく「よだん」と発音しています。
「よだん」が正式な言い方なのかもしれません。でも私には「よんだん」の方がしっくりくるのですが・・・

NHKの「日本語発音アクセント新辞典(2016)」で確認してみると、
(1)階段などの段は、四段=「よんだん」
(2)段位のときには、四段=「よだん」

つまり、四つの段 “four steps” なら「よんだん」、四つ目の段 “fourth rank” だと「よだん」、てこと?
と思って辞書を引いたら、(2)は “fourth-dan rank” とか、 “fourth dan” などともありました。

それはともかく、日本語の数詞の発音は、難しいものです。
「一・二・三・四・五」は、音読みでは「いち・に・さん・し・ご」、訓読みなら「ひ・ふ・み・よ・いつ」。

ところが具体的にモノを数えるとき、音読みと訓読みが混在してくるからややこしい。
階段の段数なら「いち・に・さん・よん・ご」なので、「四」だけ訓読みです。
一般的に「四」の読みは、「し(死)」を避けたいためか、訓読みになることが多いですね。

「一人・二人・三人・四人・五人」だと、「ひと・ふた・さん・よ・ご」なので「一・二・四」が訓読み。
「一皿・二皿・三皿・四皿・五皿」では、「ひと・ふた・み・よん・ご」なので「一・二・三・四」が訓読み。
ただし伝統的には、「四皿」は「よさら」とも言うし、「五皿」は「いつさら」と言ったりもします。

「四」を「よ」とだけ読む言葉は、「四年」「四人」「四時」などあまり多くなさそうです。
「四」を「し」と読むものも「四角」「四分咲き」など少なく、「よん」と読むものが圧倒的に多いようです。

歴史的背景や変遷があるんでしょうけど、ホントにややこしい規則(または慣用)ですね。
日本人でもわかりにくいのに、日本語を学ぼうとしている外国人には、すごく難しいと思う。

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割愛問題
- 2017/05/13(Sat) -
断捨離の苦手な私なので、書斎を地道に片付けていると、どうしても捨てがたい物品が出てきて困ります。
長年ホコリをかぶって廃れていたモノなのに、捨てようとすると愛着がよみがえり、逆に拭き上げたりします。
ゴミ袋に入れる前にしばらく眺め、なで回しながら在りし日を偲び、泣く泣く割愛するのです。

この「割愛」という言葉は、大切なモノを手放す切ない思いを、よく表現していると思います。
当ブログでも、紙面の都合で、本当は書きたいエピソードや裏話などを割愛することが、しばしばあります。

かつて勤務していた大学を移籍した際には、異動先の大学から異動元の大学へ「割愛願い」が出されました。
「そちらの優秀な文部教官を手放して、私どもにお譲りください(割愛してください)」というお願いです。
移動元の教授会等で「割愛承認」が出て初めてその人事異動が認められるという、古くさくて面倒な規則です。
最近ではもう、そのようなシステムはなくなったとも聞きますが、わかりません。大学って、考えが古いので。

最近、一般の会話やテレビ番組等で、「割愛」を間違った意味で使う人が増えていることが問題です。
少し前のデータですが、文化庁による平成23年度「国語に関する世論調査」によると、「割愛する」とは、
(1)「惜しいものを手放す」17.6%
(2)「不必要なものを切り捨てる」65.1%
だったそうです。(1)が本来の「割愛」であり、(2)は単なる「断捨離」でしょう。
私の書斎整理はまさに、割愛の連続です。だからはかどらないのです。

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拗音の直音化
- 2017/05/11(Thu) -
「森友学園」が運営中の保育園が、事業停止に追い込まれる可能性がでてきました。
私にはどうでもいい「森友問題」ですが、保育園がいきなり閉園となると、困るのは園児とその家族です。
そうでなくても待機児童問題が深刻なのに、こんなことが原因で園児がとばっちりを食らうのは、いけません。
誰とは言いませんが、あのオバちゃん、なんとかしてほしい。

今朝のテレビのニュースで「保育園が授業停止になる」と言ったように聞こえたものだから、驚きました。
保育園でも「授業」って言うのか、へぇ、と感心してたら、画面を見ると「事業」でした。
「事業」が「ジュギョウ」に聞こえるのは、おかしいですか。私の耳の滑舌(?)が悪いのですか。

その反対に「授業」を「ジギョウ」と発音したり、「新宿」を「シンジク」と言ったりすることはありますね。
「拗音(ようおん)の直音化」というやつで、「シュ・ジュ」が「シ・ジ」と発音されるものです。
「手術」をゆっくり言えば「シュジュツ」ですが、「手術中」だと「シュジッチュウ」になったりします。
急いでるときには「スグ、シューツシマス」となったりもします。

これらはあくまで、くだけた日常会話で用いられるべき発音であって、正式なものではないはず。
ところが驚くべきことに、あのNHKが、「拗音の直音化」をつい最近まで「正式に」許容していたようです。
つまり、ニュース原稿を読むときに、「新宿」を「シンジク」のように発音してもよい、という規定です。
ほかにも「半熟(ハンジク)」「輸出(ユシツ)」などの直音化が認められて、使われてきたそうです。

東京出身者が多かったNHKが、東京方言(東京ナマリ)に配慮したものともいわれています。
1960年から続いていたこの取り決めは、驚いたことに、昨年12月にようやく廃止が決定されました。
やっぱりちゃんと発音しましょうよ、ということです。今頃ですか。

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ブログ2000本
- 2017/03/28(Tue) -
気がつけば、当ブログは通算2,000タイトルを超えていたので、少し振り返ってみました。
URLで見ると昨日は「blog-entry 2001.html」となっていますが、欠番があるので、昨日が2,000本目です。

前半の1,000タイトルを書くのに6年と1カ月を要しましたが、後半の1,000本は2年9カ月でした。
前半は、1本あたり平均644文字に対して、後半は741文字と、文章がやや長く(くどく?)なっています。
合計で約138万文字でした。文庫本1冊が10万字程度ということからすると、全13巻を超える巨編です。

いやブログなど、たかだか1日数百字ですが、おそらくカルテの分量は、その数十倍でしょう。
問診内容などは、スタッフが入力してくれたりしますが、ミニカルテ用の説明文などが、結構長いのです。

もっとも、電子カルテの文章は、フォームを埋めたりコピペする部分も多く、全部手打ちではありません。
それでもざっと見積もって、私は毎日少なくとも2万字前後の文章を書いていると思われます。

かつて、手首や指の腱鞘炎でひどく苦しんだ時期がありました。原因はマウスの野郎です。
そこでマウスの使用をやめてトラックパッドに代えたら、ウソのように楽になりました。

クリックにある程度の力が必要なマウスとは異なり、トラックパッドのタップにはほとんど力が要りません。
そのことに気付いて、メインの診察室のMacのみならず、院長室からも自宅からも、マウスは撤廃しました。
ネコ科(「トラ」ックパッド)がネズミを駆逐した形です(うまくない)。

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発音と表記
- 2017/03/15(Wed) -
中国系の方は、長音や促音を省いて発音することが多いと前に書きましたが、このたび新発見です。

最近来院された患者さんで、風邪を引いて鼻水がひどい方が、「鼻水 いばい」と訴えていました。
「いばい」の意味がわからず聞き直したところ、それが「鼻水 いっぱい」の意味であると確認できました。
なるほど、「いっぱい」→「いぱい」→「いばい」なんですね。と、ここまでは、まあわかります。

ところが、その方が書いた問診票の、主訴(主な症状)の欄にも、「鼻水 いばい」と記載されていたのです。

つまりこの方は、「いっぱい」という日本語を、「いばい」と聞き取り、「いばい」と理解していたわけです。
なので、しゃべるときに「いばい」と言うだけでなく、文字で書いても「いばい」なのです。

中国の方にありがちな発音は、発音自体の問題ではなく、聞き取りの段階に原因があるということです。
あるいは、外国語の発音は、自分が発音できる範囲でしか聞きとれないのでしょうか。
このことは、外国語の学習において、とても重要なことかもしれません。

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井と丼と#と♯
- 2017/02/12(Sun) -
中尾彬は「うな重」は食べず、タレがムダなくご飯に染みこむ「うな丼」を食べると、テレビで言ってました。
なるほど。でも、私はいつも「ひつまぶし」ですけどね。

「丼」は、井戸に物を投げ入れたときの、音を意味する字だとか。「ドブン」みたいな音なのでしょうか。
大きな桃が川を漂い流れてゆく様子を「どんぶらこ」と言ったりしますが、「どんぶりこ」とも言うそうです。

医師用の某サイトに最近、「♯」と「#」の違いについての投稿が出ていました。
カルテに何かを箇条書きにするときには、昔から「#1、#2、・・・」のように「#」を行頭に使います。
紹介状に病名を記載するときも、ほぼ必ず、「#1高血圧症、#2高脂血症、・・・」のように書きます。

この「#」を「ナンバー」と読むのだと、昔先輩医師に教わりました。「井桁(イゲタ)」という記号です。
「#(イゲタ)」と「♯(シャープ)」の区別が付きにくいですが、両者は別物です。
どう区別するんだとおっしゃる方へ一句。「横線が、フラットじゃないのがシャープです」

ところで、ふと電話を見て驚きました。プッシュボタンにあるのは、明らかに♯ではなく#だったからです。
「最後に、シャープを押してください」などとアナウンスされてるボタンが、実はイゲタだったとは。

と思ってググったら、ずいぶん昔から「電話の#はシャープじゃない」というトリビアがあるようです。でも、
「最後に、イゲタを押してください」と言ったのではわかりにくい。「どの下駄ですか?」と苦情が出ます。
「最後に、シャープに似たヤツをおしてください」と言うべきなのか。いや、それでも不親切。
「最後に、シャープに似た、でも正しくはイゲタと言う名称の記号のボタンを押してください」これで行こう。

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「積もる」のアクセント
- 2017/02/10(Fri) -
雪のニュースを聞くたびに、どうしても気持ち悪くてしょうがないのが、「雪が積もる」のアクセントです。
NHKも民法も、示し合わせたように、私を不快にさせるアクセントで「積もる」と繰り返すのです。

その気持ち悪いアクセントというのが、「走る」や「見える」と同様に「低高低」と発音する「中高型」です。
ところが、「NHK日本語アクセント新辞典」によれば、そのアクセントが正解だと。
はい、予想も覚悟もしてました。おそらく中高型が正しいのでしょう。でも私は納得がいきません。
いったいいつから、そのようなアクセントになってしまったのか。こう思うのは私だけでしょうか。

ためしに金田一春彦の「新明解日本語アクセント辞典」を見ると、「積もる」は「平板型」じゃないですか。
これは「止まる」とか「決める」と同じアクセント。これですよ、私が納得できるのは。
ただし金田一辞典は、標準アクセントを平板型とする一方で、新しい傾向だとして中高型も並記しています。

どうやら、アクセントの「中高化」が起きているようです。
以前、「重い」や「赤い」のような、形容詞の中高化問題について書きましたが、動詞も同じ傾向のようです。
2014年発行の金田一に対し、NHKは2016年発行。
「積もる」はすでに、平板型から中高型への移行が、ほぼ完了したようです。残念でなりません。

名詞の平板化が進む一方で、動詞や形容詞は中高化するというのは、いったいどういう理屈なんでしょうね。

調べてみたら、昨年のNHKのフォーラムで、その理由を解説した記事を見つけました。
文末は抑揚を下げて終わる流れがあり、文末に来やすい動詞や形容詞は、最後を下げる中高化が進んだと。
たしかに日本語の文って、最後はトーンが下がって終わりますけど、理由はそれだけなんでしょうかね。

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警報レベルを超えた?
- 2017/02/05(Sun) -
熊本県と熊本市がそれぞれ、「インフルエンザが警報レベルを超えた」と発表しました。2日前のことです。

警報レベルかどうかは、定点医療機関あたりの1週間のインフルエンザ報告数によって決められます。
定点医療機関は県内に80カ所(そのうち熊本市に25カ所)。県と市がそれぞれ、集計結果を公表しています。

今年第4週 (1/23-1/29) の報告数は、県が40.51、市が43.64と、いずれも20台だった前の週に比べて激増。

警報レベルには「開始基準値」と「終息基準値」があり、インフルエンザでは、前者は30、後者は10です。
流行が拡大して、1週間の定点あたり報告数が30以上になると、警報レベルということになります。

しかしいつも思いますが、「警報レベルを超えた」という県や市の表現には、違和感がありますね。
超えたのは基準値であって、警報レベルを超えたわけじゃない。警報レベルよりも上のレベルはありません。

厳密に「警報レベル開始基準値を超えた」と言うか、もっと簡単に「警報レベルに達した」と言うべきです。

これはちょうど、「過半数を超えました」という表現の問題に似ています。厳密に言えば、これも誤りです。
「過半数=半数+1」ではありません。半数をいくつ超えたかにかかわらず、超えたらすべて過半数です。
この件は「おかしいけれどもっとふさわしい表現がないためにやむなく使う」とNHKのサイトにありました。
だからNHKも、「過半数以上」という表現はさすがに使わないとのことですが、ちょっと納得できかねます。

それなら「過半数に達しました」と言えばいいじゃないですか。「半数を超えました」だっていい。
オカシイとわかっている表現を「やむなく」使い続けずに、NHKが率先してふさわしい表現を使うべきです。

「警報レベルを超えた」も同じこと。役所は率先して、正しい言葉・表現を使うべきです。
そういうとこって、役所内で誰も気にならないんですかね。

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未曾有のでんでん話
- 2017/01/29(Sun) -
安倍首相の国会答弁の揚げ足を取るつもりはありませんが、首相の「でんでん」発言について考えたことを。

「まるで我々がずっと批判に明け暮れているとの言い方は訂正してください」と蓮舫氏が詰め寄ると、
「民進党の皆さんだとは、一言も申し上げていない訳であります」と、うまく切り返した安倍首相。ところが、
「訂正でんでんというご指摘は、まったくあたりません」とダメを押したものだから、ズッコケました。

途中までは、うまい論法だなぁと感心してたのに、残念。普通に考えると「云々」の読み間違えですね。
未曾有を「みぞうゆう」と言った麻生さんを思い出します。

安倍首相が自分で原稿を書いたのではなく、なおかつ言葉の読みも知らないと、ネットで盛り上がってます。

では首相は、「云々」と書かれた原稿を見て「伝々」と見間違えたかというと、それは違うと思います。
言葉として存在しない「伝々」と見間違えたのなら、それは初めて目にする言葉なので、困惑したはずです。
あの答弁のように、よどみなく堂々と「でんでん」と読み上げることはないでしょう。

とすれば、安倍首相は「云々」を、もともと「でんでん」と読むと思い込んでいたんじゃないでしょうか。
以前からそのように誤解していたけれど、誰も間違いを正してくれず、今に至ったのではないかと思うのです。

ある学会で演者が、生理食塩水のことを「ノーマル・サリン」と、何度も繰り返し発言したことがありました。
ちょうど地下鉄サリン事件の少しあとだったので、私はその「サリン」という言葉に強い違和感を覚えました。
生理食塩水「Normal Saline」の「Saline」は、普通「セイライン」か「セイリーン」と発音します。
この演者はSalineの発音を間違って覚え、誤りに気付かず、誰にも訂正されずに、ずっと過ごしてきたのです。
まさか学会発表の場で、大勢の聴衆の前で、その覚え間違いを晒すことになるとは、不幸なことでした。

「脆弱」とか「相殺」などの言葉を間違えて発音する人に、ときどき遭遇します。
親しい人なら誤りを指摘しますが、たいてい私は、相手に気まずい思いをさせたくないので、スルーします。
しかし、スルーすることが、将来その人に大恥をかかせることになるかもしれないと、考えるべきですね。

安倍首相はこれまでの人生で何度か「でんでん」と言ったのに、周囲の誰も、違うと言わなかったのでしょう。

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スマホで読まんばならん
- 2017/01/19(Thu) -
このたび芥川賞を受賞した山下澄人氏は、受賞作『しんせかい』を、iPhoneで「執筆」したそうですね。
ラノベじゃないですよ。芥川賞受賞作ですよ。しかも、寝っ転がって書いたと。・・・あり得ない。

今回の芥川賞の候補作は、『文學界』から2つ、『新潮』から3つ。こういうのって、わりと珍しいのでは。
私はその候補作のうち、古川真人氏の『縫わんばならん』(新潮11月号)を、たまたま先月読んでいました。

タイトルからもわかるように、『縫わんばならん』の舞台は九州です。九州弁だらけの小説です。
昨年、『新潮』新人賞を受賞したときの「選評」では、評価が分かれていました。
「さすがにもっと、読む側の興味を引くものが欲しい。エピソードの質を上げて欲しい(略)退屈でしんどい」
新潮新人賞選考委員の一人、中村文則氏は、このようにかなり厳しい意見を述べています。

それが芥川賞候補になったものだから、いちおう読了していた私としては、行きがかり上応援していました。
しかし、今日の選考会で受賞が決定したのは『しんせかい』でした。
前回の『あひる』もそうですが、私が応援した小説はどうも、受賞を逃す傾向があります。

芥川賞の選考委員も、『縫わんばならん』は「正直なところ、ちょっと退屈してしまった」と言っています。
たしかに。私は九州弁には抵抗なかったのですが、『縫わんばならん』を読むのはかなり、骨が折れました。

ちなみに5人の候補者のうち、受賞者の山下氏は最年長の50歳。けっして若くない。なのにスマホで執筆。
ならば作者の目線に近づくためにも、受賞作『しんせかい』は当然、スマホで読むべきでしょう(うそ)。

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語順と伝わり方
- 2016/12/14(Wed) -
話し言葉(音声)を聞いたとき、頭の中では、耳で聞いた順に逐次、言葉の理解を進めていきます。
ところが日本語は、文末に大事な表現が来るので、最後まで聞かないとわからないことがあります。
助詞や文脈で見当が付くだろう、というのは甘いのです。修飾句ばかりが続く場合が、よくあるからです。

具体例を書くと、たとえばこんな感じ(イメージ)です。
「今日は、どうされましたか?」
「以前から時々あるんですが、とくに昨日からひどくて、今日は学校を早退したのですが、頭痛があります」
以前から何があるんだろうという疑問をずっと抱えたまま、最後まで聞かなければなりません。
真っ先に「頭痛があります」と言ってもらうと、そのつもりで話を聞けるのですが・・・せっかちですかね。

スタッフとの会話でも似たような事があって、
「次(の患者さん)は誰?」
「3診(第3診察室)で、熱が高くてぐったりされてましたけど、いまは少し下がってます。○○さんです」
これも冒頭に「次は○○さんです」と言ってもらえば、その方の電子カルテを開きながら、話を聞けるのです。
名前がなかなか登場しないと、誰の話なんだろうと思いながら、その病状を聞き続けることになります。
いやもちろん、たかだか数秒の話ですけどね。数秒待たされたところで、業務に大きな支障はありません。
でも「待たされた感」が違うのです。これはリズムの問題かもしれません。やっぱり私、せっかちですかね。

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内臓を内蔵する内蔵助
- 2016/12/04(Sun) -
同音異義語は日本語だけの特徴でもないのですが、日本語にはとくに多くて、間違いやすいですね。
毎晩ブログを書いた後には、地味に校閲しているのですが、どうしても見逃してしまいます。

昨日のブログで、iMacの内蔵HDDのことを「内臓」ストレージと書いていたことに、今朝、気付きました。
恥ずかしいので、秘密裏に訂正しております。
でも「サーバー」を「」と書いたのだから、「内蔵」よりも「内臓」の方がしっくりきませんか(言い訳)。
もしかすると、賢いATOKが気を回して、「鯖」の後だから「内臓」への変換を優先させたのかもしれません。

で、急に気になって、過去のブログを全部チェックしてみたら、出るわ出るわ、「内臓」が。

11月19日には「内臓ストレージ」、4月22日には「内臓HDD」と書いてます。記憶装置関係が多いですね。
昨年の2月6日には「内臓マイク」、1月24日は「内臓メモリ」、3年前の11月9日にも「内臓HDD」。

それらもすべて、こっそり、修正させていただきました。

でも調べてみると、もともと「蔵」の字には、内臓の意味があるようですね。
「臓」は、あとでできた字らしく、昔は「五臓六腑」を「五蔵六腑」と書いていたとか。

なので「鯖の内臓」を「鯖の内蔵」と書いても、間違いじゃないわけです。
だけど「内蔵ストレージ」を「内臓ストレージ」と書いたのは、やっぱり間違いか。逆は必ずしも真ならず。

などと思いながら、「内蔵」の文字面から連想するのは、いまの時期だとやっぱり「大石内蔵助」でしょう。
どうして「内蔵助」と書いて「くらのすけ」と読むのか。調べてみると面白いテーマですが、今日は割愛。
そう言えば「浅野内匠頭」も、「内匠頭」と書いて「たくみのかみ」なんだなあと、いま気付いたところです。

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高病原性鳥インフルエンザ
- 2016/11/29(Tue) -
高病原性鳥インフルエンザ」が、新潟の養鶏場の鶏や、青森の家禽農場の食用アヒルから検出されました。
「H5型」の、このインフルエンザウイルスは強毒性のため、感染が疑われる鳥は殺処分が開始されています。

ニュースを聞いてて気になるのは、「高病原性」の発音、アクセントです。
どのアナウンサーも、レポーターも、「高」を頭高で、「病原性」を平板で発音しているのです。
NHK 日本語発音アクセント新辞典」風に書くなら、「コ\ー・ビョーゲンセー」となるのでしょうか。

私はそれを聞くと、どうしても「抗病原性」に聞こえてしまいます。
「抗病原性」ならそのように頭高で発音しますが、「高病原性」は全体を平板で発音すべきだと思うのです。

残念ながらNHKの辞典にも金田一の辞典(三省堂)にも、「高病原性」のアクセントは記載されていません。

「高病原性」は複合名詞であり、複合名詞のアクセントは後部要素によって決まる、という規則があります。
これについて、詳しく調べてみると、2つの記載が目に付きました。
(1)後部要素が5拍以上の場合は、前部要素は平板化し後部要素のアクセント核が保持される
(2)後部要素が5拍以上では、複合語であっても後部要素はある程度独立して発音される

つまり、私の発音は(1)で説明できるものであり、メディアの発音は(2)に基づくものだったわけです。
しかし、「高病原性」と「抗病原性」を、音だけで区別しようとすれば、発音を変えるのが合理的でしょう。
このように発音を区別しているのは、医療従事者だけかもしれませんが、やがで一般的になると思います。

腹腔鏡でもそうでしたが、アクセントは一般に、業界人の発音が一般人の発音を駆逐するものなのです。

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タイムトラベル
- 2016/11/15(Tue) -
ビフの件。ビフテキじゃないですよ。『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』のビフの話です。
昨日ブログに書いたのですが、今日になって気になり、録画しておいたのを1年ぶりに観てみました。

ご存じのように第1作目は、1985年に住む主人公たちが1955年にタイムトラベルする、比較的単純な話です。
ところがPART2はかなり複雑。85年から2015年に行き、また85年に戻った後で55年に向かうという設定。
55年の場所には、第1作で時間旅行中の主人公もいるので、計3人の主人公が同時に存在する状態になります。
かなり複雑で、苦しい設定ですね。

過去を変えると未来も変わる、いわゆる「因果律」を満たそうとするあまり、とても窮屈な物語になってます。
よく考えると矛盾も多く、やはり、過去に向かう時間旅行は、タイムパラドックスを解決できませんね。

これが未来向きの一方通行であれば、因果律に反することもなく、おそらく理論的には可能でしょう。
これを「因果往方」といいますウソ。

ちなみに映画の最後には、 “TO BE CONTINUED” ではなく、 “TO BE CONCLUDED” と出ました。
「次回へ続く」ではなく、「次回完結」という宣言ですね。これでPART4が作れなくなってしまいましたが。

タイムトラベルを書いた小説といえば、H.G.ウエルズの『タイム・マシン』が、その元祖でしょうか。
子どもの頃に読みましたが、もうほとんど内容を覚えていません。
こんどはそっちが気になったので、AmazonでKindle版『タイム・マシン』を買って、読んでみました。

驚きました。まず冒頭から、さまざまな矛盾やパラドックスを、もっともらしい理屈で言いくるめています。
こんなに理屈っぽい本だっけ、子どもの頃に読んだのは。でも読み進むと、文明批判の物語でした。
タイムマシンは、人類の未来の姿を描くための手段であって、この小説の主題ではなかったようです。

ところで私は、小学6年生のとき、学級新聞に『土星のタイムマシン』という物語を連載したことがあります。
残念ながら、その現物は手元にありません。自分で書いたのに、物語の内容も忘れてしまいました。

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新しい語釈
- 2016/10/11(Tue) -
小学館が、「あなたの言葉を辞書に載せよう。2016」というキャンペーンを行っています。

お題は、【夢】【宇宙】【歌】【個性】【子育て】【上司】【昭和】【情報】【癒やし】【コンビニ】の10個。
その意味・解釈を募集するというもの。語釈が採用されると、『デジタル大辞泉』に掲載されるそうです。

私がこれまでに思いついた答案は次の通り。もうすこし煮詰めて、応募する予定です。締め切りは11月21日。

【夢】
叶えたいと願うだけで幸福感をもたらす思い。叶うとしばしば色あせる。

【宇宙】
この世で最も小さい物質を研究することによって理解しようとしている、この世で最も大きなもの。

【歌】
意味を理解するよりも先に、感性に響く言葉。

【個性】
社会における個人の存在価値。学校教育など、集団の中で失われやすい。

【子育て】
自分が育てられた経験を生かせるライフワーク。

【上司】
職務上の命令をするかわりに責任を取ってくれるはずの人。

【昭和】
日本が先進国に肩を並べるまでの、もっとも勢いのあった時代。

【情報】
人が知覚する信号。量が膨大となり、人が知覚する必要性も失われている。

【癒やし】
精神的ダメージからから回復させてくれる、ちょっとした事物。

【コンビニ】
深夜煌々とした灯りに我を誘引するところ。

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羮に懲りて膾を吹く
- 2016/09/28(Wed) -
昨日のブログ「膾を吹くワクチン行政」の「膾」が読めなかったという人、いたと思います。「なます」です。
私も少し前まで読めませんでした。「なます」と入力したらこの字が出たので、驚いたぐらいです。

「読めるけど書けない」漢字が多いのも問題ですが、いまは「読めなくても書ける」時代なのです。

パソコンで「あつもの」と入力するだけで、「羮に懲りて膾を吹く」という変換候補が出てきます。
字を知らなくても読みの一部を知っていれば、このような難しい漢字の故事成語を簡単に書くことができます。

こんなことではしかし、いつまでたっても、「羮」も「膾」も、まともに読み書きすることができませんね。

「羮」とは熱い吸い物のことだそうですが、「熱物」ではなく「羮」という一字だからこそ味わいがあります。
「膾」は細切り肉のことだそうで、私がイメージするおせち料理の「紅白なます」とは少し異なります。

まあしかし、「熱物」であっても「紅白なます」であっても、故事成語の言わんとすることは伝わります。
「アツアツの料理でヤケドした人は、なますを食べるときでさえ吹いて冷ます」ということですね。

ところで、この故事成語が、楚の国の人「屈原(くつげん)」の言葉に由来することを、最近知りました。
だいぶ前に「ちまき」の起源について書いたときに登場した、あの屈原です。妙な再会です。

屈原が楚の王に助言をしたところ、讒言に遭って左遷され、再び助言してもまた讒言に遭って疎外されます。
絶望して放浪中、楚を憂えた詩の中に「羮に懲りて膾を吹く」が出てきます。詩の意味はこんな感じです。

「自分はいちど疎まれても、気持ちを変えず忠誠を誓い続けた。羮に懲りて膾を吹くような人間ではない」

屈原にしてみれば、「羮に懲りずに、また羮を食え」ということでしょうか。猫舌の私には、厳しい話です。

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外山滋比古
- 2016/09/21(Wed) -
外山滋比古氏の近著『知的生活習慣』を昨日読みましたが、91歳(執筆時)とは思えない、新鮮な内容でした。
何歳になっても、こういうフレキシブルでユニークな思考ができる人って、いいですね。

そういえば高校時代に、「富山」ではなく「外山」と書いて「とやま」と読むことを知り、驚きました。

どれほど珍しい名字なのか、今はそんなことを調べるサイトがあるので、信頼性はともかく、調べてみました。
すると驚いたことに、「外山」という名字の全国順位(?)639位に対して、「富山」は874位。
ありゃ、外山の方がメジャーじゃないですか。

「外山」の語源は「戸山」と同義で、「戸」=入り口、から、奥山の対義語で人里に近い山のことだとか。
近頃クマやサルが出没するのも、外山ということでしょうか。

「計山」と書いて「とやま」と読む名字の方に、最近出会いました。
「時計」の「と」だな、と最初は思ったのですが、よく考えたら「時計」の「と」は「時」の方。
「計」を「と」と読むとは、いったいどういう理屈なのでしょう。手持ちのどの漢和辞典にも出ていません。

「とやま」の読みで思いついた名字を調べてみると、その順位と全国人数(概算値)は、
外山 639位(31,000人)
富山 874位(21,400人)
戸山 6608位(1,400人)
登山 8100位(1,000人)
砥山 33553位(90人)
渡山 34937位(80人)
計山 79091位(10人)!

いやはや、計山さんって、2,3世帯しかいないじゃないですか。
ちなみに、自分ではとても珍しいと思っている「鶴原」は、5002位、2,100人。そこそこ居ますな。

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お医者さんがいっぱい
- 2016/09/16(Fri) -
昔ほどじゃあないけれど、頼りになるのが医師会です。
なにしろ面倒見がいいし、保証も充実それが医師会。
あんた医師かい?、じゃあ医師会。

「あー、先生。すみません、ちょっとその、趣旨には賛同しますけど、文章がちょっと、ふざけてません?」
「面白いでしょ」
「ええ、面白いです。むしろ、すごく面白いです。ただ、ご年配の先生方に叱られるかと」
「ご年配って。じゃあ、若い先生方はどうだろ」
「バカ受けでしょう」
「じゃあ、いいじゃない」
「あー、いや、良くないですよ。長老の方々が当会を牛耳ってるんです。政治力、あるんです」

「第1回日本医師会文学賞」を受賞したのは良いのだが、おかげで機関誌に医師会のキャッチフレーズを書けと頼まれてしまった。それで仕方なく書いたのが、冒頭の文章だ。

「ともかく、いちど理事会に諮ってみたらどう?」

私がそんな意地悪を言ったものだから、事務局のタグチ君は、しぶしぶ理事会に持ち込んだらしい。
そしたら「昔ほどじゃあないけれど、というのが、スカン」という意見が多かったようだ。
三行目のダジャレは、むしろ好意的に受け入れられたという。なんだ、重鎮の方々もユーモアあるじゃん。

医師会長の大英断で、私の原文がそのまま機関誌に掲載された。しかも、大好評。ほらね。
親しみが持てるとか、一般の方にもアピールしやすいとか、ともかく、反対意見がほとんどなかったとか。

そしたらやっぱり、タグチ君が来た。
「先生、すみません。先生が正しかったです。バカ受けです。もう、先生すごいです」
「じゃあさ」と私は切り出した。「『日本医師会雑誌』という機関誌の名称も、この際、変えたらどう?」

「あ、いや、それはどうかと」
「どうして?」
「まあその、歴史といいますか、伝統といいますか。機関誌名を変更する必然性もないですし」
「そんなことないよ。正式名称はそのままでも、ほら、愛称を付けてもいいんじゃないの?」
「愛称ですか」
「国民にウケるよ。それっていまどき大事でしょ?」
「親しみのある愛称は、たしかにいいかもしれませんけどね。先生もう何か、アイデアあるんですか?」
「わかる?」
「え、マジですか。あるんですか。じゃあ、いちおう聞かせてくれますか?」
「お医者さん」
「えー?」
「が」
「が?」
「いっぱい」
「はあ?」
「お医者さんがいっぱい、どう?」
「お医者さんがいっぱい、どう?、って言われましても、まるで絵本のタイトルじゃないですか」
「あ、ほんとだ。たしかに。となると、もう使われてるかもなぁ。あとでググっとこう」
「いや、そういう問題じゃなくて、なんていうか、その」
「幼稚?」
「そう!。じゃなくて、子どもっぽいですよ」
「同じじゃん。でもね、タグチ君。それぐらいに飛躍しないと、愛称の意味ないっしょう」
「すみません、ちょっとしたダジャレなんでしょう?。先生、私もう、余裕ないです」(★)

———
長々と、ヘンテコリンな文章を、すみません。
今朝見た夢をだいぶデフォルメして、物語にしてみました。続きはありません。★のとこで目覚めたので。

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書店もまたヨシ
- 2016/08/16(Tue) -
Amazonの定額読み放題の無料体験中ですが、なんか面白くない。無料だと、読書に気合いが入りませんね。
ここはいちど、書店に立ち返ろうと、今日は紀伊國屋書店を堪能してみました。

ゆめタウンは9時半開店ですが、書店は10時からです。そこはもう、間違いません。今日のルールは、
(1)売り場全域の、すべてのコーナーを見て回ること
(2)なるべく多くの本を手に取り、中身を少しでも読んでみること

通路に面した片側の書棚を見て廻ると、こんどは同じ通路の反対側の書棚を見ます。一通路二度歩きです。

まっさきに新刊や話題の本を見て、次は雑誌の最新号コーナー。ここまでは日頃でも見るところ。
コミックや学習参考書や地図や旅行ガイド本などのコーナーも、いちおう歩きましたが、ほぼ素通りです。
文庫は苦行でした。数が多すぎ。新書も内容が盛りだくさんなので、目移りしてだいぶ時間を費やしました。
単行本は、文庫や新書とは違って装丁が楽しい。つい手に取りたくなります。
専門書や専門雑誌のコーナーも、一応歩きました。所要時間2時間40分。7冊購入。

少しでも立ち読みした本は、たぶん100冊以上。面白くて10ページ以上読んでしまったものを買いました。
なかでも、又吉直樹の『夜を乗り越える』は、ついつい読み進んでしまい、気がつくと46ページでした。
これ以上読むと買うのがアホらしくなるので、我慢して中断。
又吉直樹は、小説よりもこのようなエッセイ風の読み物の方が、はるかに面白いと思います。

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足元を見つめよう
- 2016/08/14(Sun) -
 わたしたちは常に前を見つめて歩いているが、足元を見ることを忘れてはいないだろうか。現代人は小さなものを粗末にする傾向があると思われる。
 使い古しのえんぴつ、うすくなった石けんなどをはじめとして数多くのものがあげられるが、一円玉もその例であると思う。
 この一円玉が、日本の社会、国際社会に多きく貢献しているのである。
 例えば、今、ある人が自分の財産をすべて一円玉にかえたとする。店でものを買うときも、映画代を払うのもすべて一円玉ですませる。タクシーなんかに乗ると「こまかいお金で願います」などと書かれているから都合がいい。
 資本主義経済の問題の一つに景気変動がある。不景気なると、多くの失業者が町にあふれる。この対策として、失業者へ職を与えることがあげられる。
 つまり仕事を増やせばいいのである。そこで一円玉様々の御利益を待つことになる。というのは、前にも述べたように、一円玉を使うと、それを数えるのに手間がかかる。店で一万円の品物を買えばそれを数えるのに二時間かかる。タクシー代三百六十円でも数分間の仕事がふえる。
 このようにしていくと、ヘロンの公式により、√x/α=δπr^2μ(βΣi(r/α)log5^-π)^θφとなるわけだから、数学的にみても景気の回復に、大きく役立つわけである。
 少しばかり話がそれてしまったが、わたしたちは、過去を見つめ、現在というもの、特に自分の足元を見つめ、そして未来に向かって(気いたことがあるような感じ)大きくはばたいていかなければならないのだ。

——————

これは40年前の、私の作文だそうです。誤字(「多きく」と「気いた」)があるのはご愛敬。原文ママです。
昨日山口で開かれた、中学校の同窓会で、同級生が古い文集を写メして、私に送ってきました。
こんなヘンテコリンな文章を書いたことなど覚えてませんが、私が書いたと認めます。
どうやら、私はあまり、成長していないかもしれません。

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漢字かな混じり文章
- 2016/08/04(Thu) -
『新しい文章力の教室(唐木元著)』という本を読みました。例の「読み放題」の3冊目です。

この手の本にしては珍しく、とても実践的で有益でした。所々で私の琴線に触れる表現が出てきます。

「ときには勇気を持って話題を切り捨てなければならない」
書きたいことがいくつかあると、私はそれを全部盛り込まなければもったいないと感じてしまいます。
貧乏性なのでしょう。妙に長いブログの日は、なかなか切り捨てられなかったときです。

「文章をおしまいまで読みたくなるような、魅力的な一段落を最初にもってくる」
私の場合は、途中から主旨がずれてくるので、冒頭の段落にはあまり意味がないことも多いです。
しかし少なくとも、ツカミという意味では、冒頭の一文とかキーワードを大事にしています。

「漢字の割合をコントロールして、ほど良いグレーを目指してください」
これは私も以前から感じていたことですが、これまでにそのような記載を目にしたことがありません。
漢字が多くて黒っぽい文面はイヤですが、かなばかりでスカスカなのもまた、読み難いもの。
「ほど良いグレー」というのは、漢字とかなの割合がちょうど良いという表現です。

そのことに関連していつも思うのですが、英語の文章って、文字が単調で読みにくくないですかね。
ハングルもそうだし、中国語は逆に、真っ黒で読みにくそうに思えます。
漢字かな混じりの日本語って、絶妙に、ちょうど読みやすいですよね。

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恋文は夜書くな
- 2016/07/20(Wed) -
「夜に説教を書くな。夜は悪魔が支配している時間だから」という格言を、佐藤優氏が紹介していました。
これはある神学者の言葉だそうですが、昔からこの手の話は、よく聞きます。

私は中学生の時に、「恋文は夜書くな」と習いました。大胆なことを書きすぎる、というわけです。
しかし逆に言えば、夜でなきゃ、思い切った恋文など書けませんよ。朝っぱらから書けますかって。
現に、中3のある晩、書きました。・・・ふられましたけど。夜書いたのが原因ではありません。
いや、朝であれば恋文など書けなかったわけで、ふられることもなかったのかもしれません。

研修医の時にも、「論文は夜書いても朝読み直せ」と教えられました。これも同じ意味合いでしょう。
昼間っから執筆できる暇などありませんが、たとえ夜書いても、昼間の頭でチェックしろ、というわけです。

佐藤氏は、「非常にとがった論戦的な文書を書いている人はだいたい夜に書いている」と分析します。
しかし必ずしも、とがった文章が悪いとは限りません。逆にとがりたければ、夜書くべきなのです。

当ブログはいつも、仕事から帰って、風呂に入って、夕食を済ませてから、執筆を開始しています。
締切は当日中。つまり23時59分。なのでブログはいつも、午前0時前の2,3時間で書くことになります。
それなりに推敲などしていますが、それも夜です。毎日毎日、夜の頭で書いた文章です。
でも、それが不利だとは思っていません。このようなブログはむしろ、とがって挑発的なのがいいと思うので。

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たべるのがおそい
- 2016/07/19(Tue) -
芥川賞は、村田沙耶香の『コンビニ人間』が受賞しました。今村夏子の『あひる』じゃなかった。

たまたま先週、日経の文化欄で、地域発の文芸誌が紹介されていました。そのひとつが『たべるのがおそい』。
『たべるのがおそい』。これで雑誌名です。福岡発。今年4月に創刊され、年2回の発行予定だとか。

こんな雑誌があったことに「気付くのがおそい」私です。食べる速さは、中の上です。
その存在を知るやいなや、ただちにAmazonで注文しました。「衝動買いするのは早い」のです。

そこに掲載されていた、今村夏子の『あひる』が芥川賞候補になっていたことも知らずに、発注したわけです。

それが昨日届いたので、芥川賞の選考会前に読むことができた行きがかり上、『あひる』を応援していました。
今回の候補作は5つ。発表された文芸誌は、『文學界』『文學界』『群像』『新潮』『たべるのがおそい』。

いやいやどうですか。そうそうたる文芸誌に並んで『たべるのがおそい』の脱力感は、なかなかです。

『あひる』は、中学生が書いたような平易な文章なのに、読み進むうちに、いや〜な予感が立ちこめてきます。
主人公と、その親と、近所の子どもたちという3世代の、そのどれにも感情移入できるのが不思議でした。
火花』で挫折した人でも、読めます。

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蛸とタコ
- 2016/07/18(Mon) -
昨日の「ペン胼胝(だこ)」ネタからの、スピンオフ。あるいは「タコ」あれこれ+α。

動物の「蛸」をなぜ「タコ」と呼ぶのか。調べてみたら、意外と定説がありませんね。
「タコ」の「タ」が、「手」から来ているという点では、諸説のうち多くが一致しています。
それ以上掘り下げても、いまひとつ盛り上がらないので、また新情報があったら書きます。

子どもの頃、自動車に「タコメーター」というものがあると知ったときは、おかしくてたまりませんでした。
だって「タコ」メーターですよ。想像力豊かな子どもなら、どんな物体を思い浮かべるでしょう。
小学生を集めて、クレヨンと画用紙与えて、「タコメーターを描いてごらん」などと課題を出してみたい。

タコメーターは、回転速度計のことですね。それを記録する(した)ものが「タコグラフ」。これも笑えます。
夏休みに、蛸の研究発表をするときには、棒グラフや円グラフのかわりに、蛸グラフできまり。

「タコ “tacho”」は、速さを意味する接頭語。「タキカルディア “tachycardia” 」なら「頻脈」の意味です。
「タキる」という俗語は、医療現場でよく使います。頻脈(頻拍)になることを指します。
頻脈がもしも「タコカルディア “tachocardia”」だったら、「タコる」と言ったんでしょうね。

「タキる」という言葉は、「タ」が「多」に、「キ」が動悸の「悸」に通じるのも、都合がいいですね。
なので漢字を当てるなら「多悸る」でしょう。ついでに、「動悸る」で「ドキる」なんてのはどうでしょう。

「悸」の字を、漢和辞典などで調べていたら、新発見。これ一字で「むなさわぎ」とも読むんですね。
平安時代の「新撰字鏡」に、「悸」とは「和奈々久、豆々志牟、加志古万留、加志古牟、於曾留」とあります。
これで「わななく、つつしむ、かしこまる、かしこむ、おそる」と読むのがまた、パズルみたいで面白い。
於志万為。

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忖度政治
- 2016/07/09(Sat) -
「忖度(そんたく)」って言葉は、日常会話ではあまり使いませんが、政治問題ではよく目に(耳に)しますね。

池上彰氏が最近、メディアを(そしてもちろん安倍政権も)批判して、こう言っています。
「報道機関の側が勝手に自主規制したり、忖度したりして、自ら自由を狭めている」
メディアは、官邸に睨まれないよう過剰な配慮をしている、というわけです。

「気配り」の国日本では、「察する」ことが大事です。その意味で「忖度」は本来、日本人の美徳のはず。
でも最近は「忖度政治」のように、「忖度」にはネガティブな、言うなれば「美徳の裏返し」を感じます。

「忖度」って漢字は、パソコンでかな変換したらすぐに出てきますが、自分で書くのは意外と難しいですね。

「忖」=「心+寸」。単純な字面なのに、「忖度」以外で使うことがないので、覚えにくいのでしょうか。
「寸」は「右手の手首に親指をあて、脈をはかるさまから、はかるの意味を示す」と、漢和辞典にはあります。
したがって「忖」は、「脈をはかるように、人の心をはかる」という意味だと。なるほど。

診察中には、必要に応じて患者さんの脈を触れます。時には、問診でもしながら1分間ぐらい触診し続けます。
診断的な意味だけでなく、ずっと手を握って会話をしていると、意思の疎通も図りやすい気がします。
こういうことなんでしょうかね「忖度」って。

なお、漢和辞典に異を唱えるつもりはないですが、脈を診るとき手首には、示指と中指の先を当てるべきです。

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平板化と中高化
- 2016/07/08(Fri) -
待合室で、本棚の上に登ろうとする子どもに、「あぶないよ」と母親が声をかけたりしています。
この「あぶない」や「あかるい」などの形容詞のアクセントが、だんだん変わってきているのが気になります。

私は従来通り、「あぶない」は「低高高高」の「平板」発音をします。「くまもと」と同じアクセントです。
ところが最近よく耳にするのは「低高高低」の「中高(なかだか)」発音。「たのしい」と同じ発音です。

名詞の「平板化」とは対照的に、形容詞は「中高化」するのが、とくに若い人の間でみられる傾向のようです。
となると、もともと中高発音の「たのしい」とか「うれしい」も、昔は平板発音をしていたのでしょうかね。

いま使われている形容詞のほとんどが中高型アクセントであり、平板型は例外的なようです。
「平板式の語を暗記すれば、後はほとんど最後から二拍めまで高い中高型だと思ってよい」と金田一春彦氏。
金田一氏が「暗記すれば(よい)」と言ってるのは、35個の平板式形容詞です。
例えば、赤い、厚い、甘い、遅い、重い、硬い、軽い、きつい、眠い、明るい、危ない、くすぐったい、など。

このうち「厚い」は、同音異義語「熱い」や「暑い」との弁別のためにも、平板アクセントは残るでしょう。
しかしそれ以外の言葉のいくつかは、自分でもしばしば、中高型発音してますね。これはあぶない(平板)。

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