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敬体と常体を混在させたっていい!(ぺこぱ風)
- 2020/08/28(Fri) -
休診日はたいてい、外出もせず(コロナ禍なので)、自宅か職場でデスクワークとか読書などしています。
TVのニュース番組はつけっぱで、昼間なら「ひるおび!」からの「ゴゴスマ」経由の「Nスタ」です。

そのひるおび!では五分五分視していた安倍首相の辞任は、ゴゴスマの冒頭から速報が出て驚きました。
Nスタではずっと安倍首相の会見を中継をしていましたが、CMが入るので結局、NHKに切り替えました。
なお「ミヤネ屋」は見ません。人の言うことをまったく聞かないで番組を進行させる某MCが嫌いだからです。

ひるおび!は、午前10時25分から3時間半の生放送ですが、熊本では「3分クッキング」が割り込んできます。
3分とは名ばかりで10分間の中断です。今日は「ガーリックシュリンプ」が美味しそうでした。

「くまもっと まなびたいム PLUS」という教育番組も、今日はひるおび!の時間帯に放送されていました。
「中3 夏の陣」シリーズだそうで、RKKは国語を担当。今日のテーマは「課題作文」でした。
解説の先生が「敬体と常体を混在させてはならない」と強調していましたが、これにはいつも疑問を感じます。
この原則はケースバイケースで判断すべきコト。常にそうすべきだという教育は、杓子定規で不自由です。

NHKのニュース原稿は敬体ですが、誰かの発言内容を引用するときには、たいてい常体が混在してきます。
放送用語委員会によれば、引用であることをわかりやすくするために、その部分だけ常体を用いるのだとか。
しかし、その引用文章中の最後の文末だけは敬体にする場合もあるようで、臨機応変ということでしょう。
最後だけ敬体に戻して、全体のニュース原稿のトーンを保ち、聞きやすくする効果があるかもしれません。

このような用法を広げるなら、聞き手(読み手)への効果を狙って、敬体・常体の混在はアリだと思います。
だいたい、作文の目的は何。課題作文なんて言ってますけど、何かを人に伝えることこそが文章の目的では?

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禍(わざわい)を転じて渦と為す
- 2020/08/10(Mon) -
「コロナ禍」という言葉を、最近はよく目にし、耳にもします。当ブログでも4月から使っています。
「舌禍」とか「災禍」とか「ワクチン禍」などの言葉で使われる「禍」(か、わざわい)を用いた表現です。

この言葉についてNHKは慎重で、7/1付でNHK放送文化研究所のサイトに、次のように書いてありました。
・「書きことば」としては効果的でも、「話しことば」としては、あまりなじまない
・聞き取りにくく、聞き取れたとしても最近使われ始めた新語であるため意味が伝わりにくい
・番組タイトルやニュースのテロップでの使用はあるが、読み原稿やスタジオトークでは使わない
・今後、新語の「コロナ禍」が世の中でどのように使われていくのか見極める必要がある

ネット上では、「コロナ渦」という間違いをしばしば目にします。「禍」のところが「渦」になっています。
前述したNHKのサイトにも、「『コロナ鍋』『コロナ渦』という表記も時々目にする」とありました。
「こうした間違いによって新たな『災い (禍)』を引き起こさないようにご注意」と、斜め上からのご意見も。

ところが、です。7月31日放送の「ニュース9」で、目を疑うような、次の様なテロップが登場しました。
「コロナ渦で失われる仕事 求められる人材とは」

どうしたんですか、NHK。見事に「コロナ渦」じゃないですか。自ら災いを起こしてるじゃないですか。
その数分後、「○コロナ禍 ×コロナ渦」とのテロップを出して、和久田麻由子アナが深々と頭を下げました。

局内のチェック体制の問題よりも、テロップ製作者が「渦」という漢字を使った経緯、その方が気になります。
「渦」という漢字は、「うず」から変換しなければ、なかなか出てきません。うっかり変換ミスは考えにくい。
つまり「コロナ渦」は変換間違いではなく、それで正しいと信じてテロップにしたのだろうと推測します。

人々が巻き込まれている(渦中にある)という意味からすれば、「コロナ渦」もあながち見当違いじゃない。
「コロナ禍」も「コロナ渦」も、少しニュアンスの異なる、それぞれ正しい表現だと思うべきかもしれません。

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コロナ感染者数が「右肩上がり」の違和感
- 2020/08/02(Sun) -
新型コロナウイルスの感染者数は、多少ジグザグ増減しながらも、ここのところおおむね増え続けています。

大阪で200人越えした日に吉村知事は、「(感染者数は)右肩上がりで上がっている」と言いました。
その前には沖縄の玉城知事も、グラフを示しながら「右肩上がりになっている」と説明していました。
新聞でもテレビでも、今日もNHKで、コロナ関連の数字について「右肩上がり」を使っていました。

でも私は、コロナ感染者数という「悪い事」に「右肩上がり」を使うことには、どうしても抵抗があります。
感染者数が「伸びてきましたね」なんて言われると、なんかイヤですよね。それと似た違和感です。

辞書(大辞泉)には、「後になるほど数値が大きくなること。後になるほど状態がよくなること」とあります。
同義の「右上がり」も、「どんどん数値が上がっていくこと。後になるほど状態がよくなること」でした。

用例を見ても、業績とか売上とか成長率とかの「良い事」ばかりが登場します。「悪い事」は見当たりません。
つまりこの表現は、数値が増えることが好ましい事柄に用いるのが普通なのです。
であるなら、「右肩上がり」をわざわざコロナには使わないでほしい。そのような配慮がほしい。

ところで「肩」という言葉は、本来は人や動物の肩ですが、生物以外のモノの上部のかどの部分も指します。
なのでグラフの右上の角を「右肩」と呼び、グラフの右上が上がっていたら「右肩上がり」となるのでしょう。

でも、人を正面から見て、向かって右側の肩が上がっていたら、それは左肩です。左肩上がりです。
グラフの立場に立てば、「向かって右肩上がり」は、「グラフの左肩上がり」じゃないのかと思ったりします。
「肩」という解剖学用語を使うのであれば、左右を間違えないよう願います。私の違和感は、むしろそっちか。

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予測不能な展開にドキドキし、思った通りの展開にホッとする
- 2020/07/12(Sun) -
韓流ドラマ『愛の不時着』にハマっているという井上荒野さんの雑感風の文章を、今朝の日経で読みました。
この文化欄のエッセイってハズレがないので、仕事前の私の楽しみになっています。
とくに女性作家が書いたものは、適度に軽く淡々とした文体と意外な展開が面白く、私の琴線に触れます。

井上氏は、「無意識に感動する準備をしているところに、感動がちゃんと起爆するのが心地いい」と言います。

無意識でなくても、水戸黄門のような期待を裏切らない展開は、確実にカタルシスを与えてくれますけどね。

そういえば、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』をネット配信していたので、おととい観てみました。
映画館で観た1回目とは異なり、あの予測不能なドラマの展開を、今回は十分予測できる状態での視聴です。

驚いたことに、ストーリーがわかっていながら観ると今度は、思った通りにコトが運ぶ展開が逆に面白い。

随所に張り巡らされた「伏線」は、最初に登場した時点ですぐに、それが伏線だとわかります。
あれって、あとで重要な役割があるんだよね〜と、誰に言うでもなく、ひとりほくそ笑むのです。
そして伏線が回収されていくたびに、ほら来たと、誰に言うでもなく、納得してニヤけるのです。

1回目の鑑賞では驚いた場面も、2回目の鑑賞ではカタルシスが得られる心地よいシーンとなります。
ストーリー展開に目を奪われず、じっくり映画を楽しもうと思えば、2度見することですよね。
じゃあ3度見だとどうなるんだと、そういうことになるでしょうか。考えときます。

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名詞のアクセントの「平板化」には、最後まで抵抗したい人間です
- 2020/06/27(Sat) -
ある水族館がやっと開館するというニュースを聞いてて、「水族館」という言葉のアクセントに驚きました。
なぜならアナウンサーが「平板型」で発音したからです。私の中では絶対に「中高型」なのに。
ここで中高型というのは、「東京都」とか「新幹線」のような、真ん中にアクセントが来ることを言います。

同様に「博物館」も「図書館」も「美術館」も、NHKのアクセント辞典では、今のところすべて中高型です。
でも世間では、これらの言葉はかなり平板化が進んでいるような気がします。残念です。
「春休み」や「夏休み」は、まだ中高型ですね。ですよね。でもやがて平板化するでしょう。え、もうしてる?
「ケンタッキー」なんてのも、やがて若者は平板型で言い始めるんでしょうね。え、もうしてる?
じゃあ「洗濯機」とか「冷蔵庫」はどうよ。「養命酒」とか「福禄寿」とか「犬追物」はどうよ。

名詞のアクセントがだんだん平板化する中で、中高型を堅持している言葉は、どこかレトロな感じがしますね。

平板化が進んでいる理由のひとつは、発音にエネルギーを使わないからだという「省エネ」説があります。
あるいは、業界用語若者コトバのような、格好付けや仲間意識も、その要因かもしれません。

平板化は時代の流れだとしても、直線的で無味乾燥で無色透明な言葉に変えられていくのは悲しいことです。
その言葉が本来持っていた「起伏」や「味わい」や「彩り」が、失われる気がしてなりません。
すでに私の平板化ネタも定番化していますが、無味乾燥なブログは避けたいものです。え、もうしてる?

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文學界新人賞受賞作『アキちゃん』(三木三奈)読後感
- 2020/04/20(Mon) -
新型コロナ以外の話題はないものかと探したのですが、どうしても旬のネタはコロナ絡みばかり。
こうなれば奥の手は、映画か小説の感想文、ということになります。
ちょうど「文學界新人賞」の受賞作掲載号が出たので、今夜あわてて読んでみました。

三木三奈(みきみな)氏の『アキちゃん』。
「選考会を議論の渦に巻き込んだ “寄り添わない” 小説」だと評されています。(以下、ネタバレあり)

「寄り添わない」と聞くと、お笑いコンビ「ぺこぱ」の右側の人の「ノリツッコまない」を連想しますね。
それはともかく、『アキちゃん』が面白かったかと問われるなら、私の答は「どうなんかなぁ微妙」です。

今村夏子氏の小説にも似てスラスラ読める平易な文章の中に、「刺さる」文が配置されているのはさすが。
「作品には鮮烈な一言半句を求めるだけだ」という、芥川賞の選考委員だった故開高健氏の言葉の通りです。

一貫した「不機嫌」が本作品の重要な通奏低音ですが、主旋律(テーマ)が私には難しく感じました。
重要な事柄が途中まで故意に隠されている点も、効果的というよりは、私には注意力を失わせる展開でした。
でも高評価している選考委員もいて、となると読み手としては、私もまだまだということなのでしょう。

まさか芥川賞とったりして。ていうか、コロナ騒ぎの中で予定通り7月に芥川賞選考会あるんでしょうかね。

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「あさっての方向」とは、具体的にどっち向きなのか?
- 2020/02/03(Mon) -
節分なので「恵方巻き」を、昼休みに流儀に則って黙って一気に食べました。
今年の恵方は「庚(かのえ)」。ほぼ西南西ですが、正確には255度の方向です。
前に書いたように、iPhoneのコンパスは「磁北」ではなく「真北」に設定しておく必要があります。

ところで最近、「『おととい』の前の日は、『やのおととい』ですよね?」と尋ねられて、狼狽しました。

『やのおととい』?、たぶん初耳。それに「おとといの前日」と言えば『さきおととい』のポジションのはず。
いやしかし、『やのあさって』だってその意味には地域差があるそうだし、『やのおととい』もありなのか?

確認のために辞書(日国)を引いたら、驚くべきことが記載されていました。
・「あさっての翌日」は、東日本が『やのあさって』、西日本が『しあさって』という東西対立分布がある
・しかし、都区内は例外的に『しあさって』である
・「あさっての翌々日」は、西日本が『ごあさって』、関東は『しあさって』、都区内のみ『やのあさって』

私の場合、どういうわけか都区内の用法に一致します。少なくとも『ごあさって』には承服しかねます。

そういえば「あさっての方向」って、本来の方向からどのぐらいズレているのでしょう。昔からの疑問です。
右斜め60度ぐらいズレているのが私の感覚ですが、そもそも、そのズレ具合に標準値があるのでしょうか。
いやもちろん、「あさっての方向」には比喩的な意味があるってことは、わかってます。
ググったら「山田J太による漫画」だと。知らん。ていうか今日も、拙ブログはあさってなエンディングです。

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今日からブログのタイトルを長くすることにした理由
- 2020/01/26(Sun) -
「ブログのタイトルを見ても内容がわかりにくい」というご意見があることは、以前から承知しております。
そもそも内容がまとまっていないブログなので、それを一言で表現するタイトルなど付けようもないのです。

もともとは、敢えて禅問答のような不可解な短い言葉で興味をそそってやろう、というのが私の戦略でした。
がしかし、その作戦はあまり有効ではなく、かえって読む気を失わせる効果しかなかったかもしれません。

実際、世の中のブログを見ていると、概してタイトルが長く説明調で、内容が分かりやすくて親切ですね。
というわけで、今日から宗旨替えです。むしろこれまでの反動で、やたらに長いタイトルにしてみたりします。

問題があるとすれば、パソコン等で閲覧したときに、タイトル一覧部分の改行が多くなることですかね。
スマホでご覧になる方も、不便になるかもしれませんが、そこはご容赦願います。

タイトルって、考えてみたら長い方が楽なんですよね。短いのはむしろ苦労します。

じつは、ブログのタイトルが重複したことが過去にありました。これも短いタイトルの弊害です。
いつも似たようなネタで書いているので、同じタイトルを付けそうになるニアミスなら、日常茶飯事です。
なので投稿する直前にタイトル検索をかけることが、いまや最重要チェック項目になっています。

同じタイトルを付けてしまうリスクを減らすため。それがタイトルを長くすることにした第一の理由です。

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「ハチド」と「クド」
- 2020/01/15(Wed) -
インフルエンザは少し下火にも見えますが、まだ油断はできません。それにB型が現れ始めています。
溶連菌感染やリンゴ病とインフルエンザに同時に罹患する方もいて、診断する上でも注意が必要です。

ところで、気温は「36.5度」と言うのに、体温ではたいてい「36度5分」と表現します。
ただしNHKは気温でも「36度5分」と言っており、まるで体温みたいで違和感があると半年前に書きました。

そのNHKの放送用語委員会が最近、気温でも「36.5度」という言い方を認めよう、と決定したようです。
いまさら感はありますが、今後は報道番組でも、民放並みに気温を「36.5度」と言う日が来るのでしょうか。

いや、どちらでも可という場合には、NHKはより伝統的な(古くさい)表現を使いたがりますからね。
当然ながら体温の方は、NHKではこれまで通り「36度5分」しか認めないようです。まあ、いいでしょう。

「熱が8度あります」とか「9度あります」などと、とくに高熱の場合には略して言うことがよくありますね。
その「ハチド」や「クド」という響きからは直感的に、単なる数値ではない「高熱感」が伝わってきます。

だから小数点以下が付いた「39.5度」の場合でも、「9度5分(クドゴブ)」と言った方がピンときます。
しかしそれは、昭和生まれの私の感覚であって、もはや若い方には「39.5度」の一択なのかもしれません。

多くの伝統的な表現が、やがて現代的で科学的な表現に置き換わっていくのは時間の問題です。
体温を「9度5分」などと言う人種は、時代と共に消滅していくのでしょう。

NHKでも、基礎体温の「36.59」などの小数点以下第2位までの体温の言い方は、今後の検討課題のようです。
そのような桁数を昔は想定していなかったわけで、伝統的表現が追いつかなくなる一例ですね。

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おまかせブログ
- 2019/12/26(Thu) -
考えが煮詰まって(←誤用)もう頭が回らなくなり、思考が暗礁に乗り上げることがありますよね。
そんな状況を表す、うってつけの言葉を見つけました。「脳座礁」。すみません。病名で遊んじゃダメですね。

でも私の場合、ブログがどうにもまとまらなくなって、夜の11時台にしばしば座礁します。
ついには、まとまりのないまま投稿してしまう夜も(よく)あります。投稿拒否だけはできないタチなのです。

座礁よりも困るのは、漂流です。右を向いても左を見ても、ネタの手がかりすら見いだせない大海原。
フラフラ漂いつつも、0時前になんとかどこかの陸地にたどりつくという、きわどい夜もあります。
しかし陸と思ったのは難破船か、いかだやドラム缶の可能性もありますが、とりあえずしがみつきます。

この程度の文章なんて、適当にキーワード入れたら勝手に作文してくれるアプリも、ありそうな気がします。
あらかじめ過去の拙ブログをAIに学習させておけば、あとは「お題」を与えるだけで書いてくれませんかね。
そのお題すら思いつかない日は、「おまかせ」ボタンをクリックして、AIにすべてお任せしましょう。
なんなら、毎晩自動的にブログを書いて投稿してくれると助かります。私はもはや「読者」です。

でも、さすがに投稿前には、形ばかりの筆者(=私)が、一度目を通しておくべきでしょうかね。
「今日もまた、つまらんなぁ」などとつぶやきつつ、結局そのまま投稿ボタンをクリックするのでしょう。

てな感じで、今夜漂着したのが本稿です。マヨネーズの空きボトル程度のネタにしがみついてます。

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ブログ投稿3,000回
- 2019/12/22(Sun) -
当ブログは今日で、通算3,000エントリーとなりました。燦然と輝く投稿数というのは、こういうことです。
ちなみに、最初の1,000回には6年1カ月を要しましたが、次の1,000回は約2年9カ月で達成しました。

お気づきの方もいるかもしれませんが、約2年9カ月というのは1,000日のことです。
したがって、2,001回から今日までの期間も約2年9カ月です。
なにしろ2012年4月16日から今日まで、2,807日連続で投稿していますから、こういうことになります。

さてこの状況を、どのような言葉で表現してみましょうか。

「塵も積もれば山となる」
素直にそんな気持ちです。ただしその「山」という状態に意味はなく、単に「積もったなぁ」という感慨。

「雨垂れ石を穿つ」
主旨は好きな言葉ですが、「雨だれ」に主体性がなく、どちらかと言えば受け身なところがあと一歩です。

「一念岩をも通す」
いえ、それほどの「念」もなく、ただ投稿をやめられないだけ。一種の「中断恐怖症」なのです。

「精神一到何事か成らざらん」
だから、そこまでの強い精神ではないのです。ただ時々「投稿依存症」的な気持ちにはなります。

「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」
結果的には、当ブログの連続投稿をいちばん言い当てているかもしれません。ただ、書いて来ただけですけど。
とりあえず、「石の上にも三千回」ですか。

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飲みかたの多か
- 2019/12/16(Mon) -
「減量できてますか?」と尋ねると、「いやぁ飲みかたの多かですもんねぇ」という返答。
飲み会が多くてなかなか減量できないのですよ、という言い訳ですが、この時節、まあしょうがないです。

ここで「飲みかた」というのは、飲む方法や作法・流儀の意味ではありません。
熊本の方言で、飲み会(宴会)のことを「飲みかた」と言います。じゃあ、「かた」って何?

日本国語大辞典によれば、「動詞の連用形また動作性の漢語名詞に付いて、それをする意を表わす」とのこと。
これだけだとピンと来ませんが、用例「打ちかたやめ」を見て、少し腑に落ちました。

とは言え、「打ちかた」と「飲みかた」の「かた」がまったく同じ意味には思えません。
「打ちかたやめ」とは射撃をやめさせる際の号令です。つまり「打ちかた」には現在進行形の意味があります。
「飲みかたやめ」と言った場合は、早飲み大会の制限時間が来たときの号令のようなニュアンスがあります。
つまりこの場合の「飲みかた」は、飲むことの進行形を現しており、宴会という意味ではなさそうです。

一方で、今日のテーマの「飲みかた」は、宴会の意味ですから、また別の「かた」があるのでしょう。
いろいろ調べても、しっくりくる答がみつからないので、「飲みかた」の言語学的(?)分析は終了。

それにしても、飲みかた(飲み会)を「外飲み」の意味で言うのであれば、私はそれが極端に減っています。
旅行中を除けば、外のみするのは年に数回以下です。勤務医時代だったら、この時期は大変でしたけどね。

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文字だけのブログ
- 2019/11/22(Fri) -
「ブログに写真がないんですね」というご意見(ご指摘)を、久しぶりに頂戴しました。

数年前に、ブログに写真を掲載しない理由を書いたことがあります。
文章を毎日書くだけでも苦労しているのに、このうえ写真まで掲載しなければならないなんて苦痛だと。

それに、写真にコメントを付け加える形式のブログは、文章としての面白味がなくて好きじゃありません。
じゃあお前のブログは文章だけで面白いのかといわれると、そこは、アレですけどね。

とは言え、「写真が無いと何か殺風景ですね」と言う方が時々(年に2人程度)おられ、気にはなっています。
この際、「写真と文章は関係ありません」という形ででも、むりくり写真付けてみましょうか?

ただしそれでも、写真選びで毎晩苦労することは目に見えています。
旅行時や孫が帰省してきたときなら良いですが、そうでなければ花ちゃんの写真ばかりになってしまいます。

それに私は、苦労してネタをひねり出し、文章書いて推敲し、ギリギリ締切に間に合わせるのが好きなのです。
昔から、締め切りに追われたり仕事がハードだったりすると、逆にちょっと楽しくなる性格なんですよね。
あまり好きじゃないブロッコリーを毎晩1株食べ続けているのも、たぶんその性格ゆえでしょう。

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どっこいしょ
- 2019/11/20(Wed) -
特集記事 「『どっこいしょ』を考察する」

第1部:「どっこいしょ」の言語学的考察
・「どっこいしょ」って、そもそも何?
・「どっこいしょ」の語源を古代まで探る
・正しい「どっこいしょ」アクセントは?
・派生語「どっこらしょ」が生まれるまで
・海外版「どっこいしょ」あれこれ
コラム:「どっこいしょ」は、サンスクリット語だった!?

第2部:「どっこいしょ」を科学する
・「どっこいしょ」は必要か
・「どっこいしょ」の有効性を検証する
・「どっこいしょ」と筋電図
・ヒアルロン酸に抗「どっこいしょ」効果はあるのか
コラム:ロコモと「どっこいしょ」

第3部:「どっこいしょ」の周辺
・「どっこいしょ」に、どんな漢字を当てますか?
・「どっこいしょ」禁止ゲームが楽しい
・接頭語「うんとこ」と接尾語「のしょ」の使い方
・まるで意味が違う「どっこいしょ」と「よっこいしょ」
・「よっこいしょーいち」を商標登録していた、まさかのあの会社
コラム:横井さんと小野田さん

てな感じの雑誌が出たら、即買いします。

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い抜き言葉?
- 2019/11/11(Mon) -
「早っ!」
診察室で緊張して固くなっている子どもが、スムーズに診察が終わった瞬間に、こう言いました。
イヤな検査や痛い処置もなく診察が終わり、ほっと安堵感から出てきた、いかにも今風の言葉ですね。

思いのほか早かったことを大げさに驚いて見せる、テレビ等でよく聞く表現です。私も時々、口にします。

驚きを表す言葉は、短く瞬時に発音できるものほど、そのホットな気持ちを強く表現できるのでしょう。
「寒いっ!」よりも「寒っ!」、「スゴいっ!」よりも「スゴっ!」なのです。

このような表現は「語幹用法」の範疇に入るのかもしれませんが、「い抜き言葉」と呼んでもいいですかね。

たとえば「ら抜き言葉」は、すでに市民権を得つつあります。
単に短くて言いやすいだけでなく、尊敬や受け身と可能表現を明確に区別できるという利点があるからです。

「い抜き」にそのようなメリットはありませんが、い抜き言葉には勢いがあるのが特徴です。
「言葉のゆれ」はおおむね発音しやすい方向に向かうので、い抜きもやがては一般化するかもしれません。

あ、待てよ。本来の「い抜き言葉」は、「書いている」→「書いてる」のような表現のことでしたっけ?
文字数を減らせるので、原則として1文を1行で書いてる当ブログでは、こっちの「い抜き」は重宝してます。

ということで、何が言いたいのかよくわからなくなりました(いつものように)。寝よっ。
あっ!(と、ガバッと布団から起き上がるイメージで)。「寝よっ」は「う抜き」か。

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「憮然」を間違う世代
- 2019/10/30(Wed) -
文化庁が昨日発表した「国語に関する世論調査」の結果を、多くのメディアが一斉に報じています。
たとえば「憮然」の意味を、「失望してぼんやりとしている様子」だと正解した人はわずか28%だったと。

テレビのキャスターらは、「これはゆゆしき問題ですね」と言わんばかりに、苦々しい顔をします。
詳しくは報じてくれないので、視聴者はなんとなく、最近の若者の日本語は乱れてる、という意識を持ちます。

ところが、実際に文化庁の報告を見てみると、報道がとんだミスリードだということが分かりました。

「憮然」の正解率は、平成15年度は16%、19年度は17%でした。今回の28%は、劇的に改善した数値です。
まず、この経時的変化をきちんとおさえている報道が、私の見た限りではひとつもありません。

さらに、一部の新聞では言及していますが、年齢が若いほど正解率が高いという、予想外の結果が出ています。
正解率は、16〜19歳で約7割なのに対し、50代は24%、60代以上は2割を切っています。
「憮然」を間違えて理解しているのは、若者ではなく、中高年世代なのです。

そういえば昔、学生時代に、「現役:偶然、一浪:当然、二浪:平然・・・」と続く言葉遊びがありました。
その三浪が「憮然」で、以後「唖然、愕然、慄然、呆然」などが登場します(順序には諸説あります)。
当時の私は恥ずかしながら、憮然を、「腹を立てている様子」という誤った意味で認識していました。
今思えば、その解釈ではシックリこないことに気付くべきでした。

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他動詞と自動詞
- 2019/10/07(Mon) -
扁桃腺を腫らした子が最近よく来院しますが、予想に反して、溶連菌やアデノウイルスが検出されません。
つまり、それら以外の病原体感染による、急性扁桃炎というわけです。熱は高めですが、けっこう元気です。

「扁桃腺を腫らした子」と冒頭に書いたのは、「扁桃腺が腫れた子」と書くよりも、表現に味があるからです。
「腫らす」は他動詞で、「腫れる」は自動詞です。

患者は意図的に扁桃腺を腫らしているわけではないので、自動詞で書いた方が、医学的には正しいのでしょう。
しかし敢えて他動詞で書くことで、「腫らしてしまった」という苦悩や後悔を表現できるような気がします。

同様に、「熱が出た子」よりも「熱を出した子」の方が好きですが、よく使うのは「発熱した子」ですね。
漢語を使うと叙情的なニュアンスが消えてしまい、いかにも科学的・客観的で無味乾燥な表現になりますね。

前にも書いたことがある、自動お湯張り浴槽のアナウンス「お風呂が沸きました」は、自動詞です。
これを他動詞で「お風呂を沸かしました」と言われると、「そう言うあんた誰?」とツッコみたくなります。

自動詞も他動詞もある動詞の場合、主体(主語)をボカしたいときに、自動詞を使うのかもしれません。
だからたとえば病状を客観的に表現するときは、「腫れる」「熱が出る」の方が適切なのでしょう。
そしてもっと(いかにも)医学的に言おうとすれば、「腫脹する」「発熱する」となるのでしょう。

一方で将来、AI家電が家中に配置される時代になると、それらはみな擬人化してくるかもしれません。
アナウンスもたぶん、他動詞を使い始めるのでしょう。「お風呂を沸かしましたよ」みたいに。

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こっそり推敲を遂行
- 2019/09/03(Tue) -
当ブログは、たいてい夜執筆し、しばしば深夜に投稿しています。さいわい夜は筆が進みます。
ただ、十分に推敲できてないまま0時の締切前に滑り込むことがあり、翌朝改めて推敲し直す場合があります。

昨日のブログの場合、今朝になって最終行の「不払い」を「未払い」に変えました。
二つの言葉の使い分けを、今朝の頭で考え直したものです。すなわち、

【不払い】違法またはモラル違反であることを知りつつ、しばしば悪意を持って、意図的に支払いをしない行為
【未払い】経緯はどうあれ支払いを怠っている状態であり、たいていは悪意はなく、今後支払う可能性がある

ところで、「恋文は夜書くな」というタイトルで前にも書いたことがあるように、夜の文章は尖りがちです。
なので翌朝読み返して、「書きすぎたな」と思ったら、こっそりと書き換える場合もあります。
これは狭義の推敲とは異なり、過激な表現を多少穏健な言葉に置き換えて体裁を整える、いわば化粧です。

いつも夜中に最新稿を読まれる方におかれては、私の過激な一面を常に感じ取っていただけるかもしれません。
さらに翌日にも2度読みするような酔狂な方なら、もしかするとその化粧具合を察知できるかもしれません。
しかしできることなら、そのようなビフォーアフターの読み比べはご遠慮願います。なんか、恥ずかしいので。

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酔った勢い
- 2019/08/29(Thu) -
「酔った勢い」で不道徳な行動が現れるのではなく、元々のその人の道徳観がその程度であっただけ。

このショッキングな研究結果を、Facebookの紹介記事で見ました。その通りでしょうね。身につまされます。
日頃は抑制されているその人の本性が、酩酊によって解き放たれ、表に出てしまうのでしょう。

人が本性をさらけ出すきっかけとなるのは、なにも酩酊だけではありません。
誰かから激励されたり、叱咤されたり、煽られたり、癒やされたり、いろんな状況が影響すると思います。

その場の雰囲気で、勢いづいて「失言」をする政治家なんてのは、その典型例でしょうね。
うっかり言い間違えたのではなく、うっかり本音を吐露してしまっただけですから、取り消しは無意味です。
そのような事をいつも考えている人間なのだなと、世の中に知られてしまってからでは取り返しがつきません。

一方で、つねに慎重に言葉を選んで決して本性を現さない悪党がいたとしたら、それもまた厄介です。
むしろ、失言を繰り返している人間の方が、ある意味正直かもしれません。本心を隠し通せないのですから。

酔って醜態を晒す人なんてのは、その意味ではかわいいものです。やることなすことが、おおむね想定内です。
酔ってもなお抑制的・理性的な人が、何かをキッカケにブチ切れたときこそ、想定外の事態になりそうです。
もちろんそれも、その人の本性の発露なのでしょうけどね。

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「令和」の発音
- 2019/08/07(Wed) -
今日、当院で予防接種を受けた7人のうち2人が、今年5月以降の生まれ、すなわち「令和ッ子」でした。

だいぶ前、手術患者が平成生まれであることに驚いて、「平成ッ子やあ」と言ってたことを思い出します。
あの頃の、「昭和→平成」の落差に比べると、このたびの「平成→令和」の改元には、私はすぐ慣れました。

生涯で2度目に遭遇した改元ということもありますが、今回の改元は平成元年の時の焼き直しに思えるのです。
菅官房長官が新元号を供覧したあの瞬間は、かつての小渕長官のやり方をあえて踏襲したものでした。
今の時代、モニタで表示することもできたのに、30年前と同じく手書きの色紙で提示したわけですから。

「新しい、元号は、令和であります」
そう発表した菅官房長官の言葉の最後の方は、実はよく聞こえませんでした。その時の動画を見直すと、
「新しい、元号は、令和でありまふ」
みたいな、小保方風の尻すぼみ発音をしています。官房長官も、首相に似て滑舌が悪いのです。

新元号の発表会見で菅官房長官は、「令和」を「 レ ↘ イワ 」のように「頭高型」で発音しました。
しかし巷では、「レ↗イワ」のような「平板型」のアクセントも混在しています。
NHKは、その両方のアクセントを許容する方針のようですが、やがて優先順位を付けることになるでしょう。

「昭和」の場合でも、普段は平板型で発音していても、特に強調したいときには頭高型になったりします。
「令和」はまだ真新しいので、いまのところは強めの発音である頭高型を使っているような気がします。

考えてみると、「明治は」頭高型、「大正」は平板型と、ほぼ限定的なアクセントですね。
同音異義語の「明示」や「大将」と区別しようとする意識が、昔からあったのかもしれません。

最近の他の元号とは異なり、「令和」って同音異義語が少ないですね。調べた限りでは「例話」だけです。
その「例話」は平板型発音。なので「令和」は、頭高型が定着するかもしれませんね。

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今村夏子ついに芥川賞
- 2019/07/17(Wed) -
芥川賞は、今村夏子の『むらさきのスカートの女』に決まりました。選考会では断トツの高評価だったとか。

今村氏は近年、私のイチオシの作家なのですが、芥川賞候補になったのは3度目。まさに3度目の正直でした。
さっそく今夜、Kindleで読みました。ていうか、この作品、まだ読んでなかったのです。スミマセン。
(以下、内容の詳細は書きませんが、当然ながらネタバレ注意です)

例によって、今村流の不隠な雰囲気が全体を包んでいます。もう最初っから、ヤな感じが漂います。
あいかわらず中学生が書いたような平易な文章ですが、ヘタに文学的過ぎる小説よりは私はよっぽど好きです。

「今村さんは独自の、狂気を突き抜けた先にある哀れさのようなものを描ける人だと再認識できました」
こう語るのは、選考委員の小川洋子氏。まあ、どうなんでしょう。そこまで言いますか。

今村作品では、3年前の芥川賞候補作になった『あひる』がいちばん好きですね。たぶん、短いからでしょう。
それと比べると、2年前の『星の子』も今年の『むらさきのスカートの女』も、ちょっと冗長に感じました。

今村氏は若い頃に清掃のアルバイトをしていたそうで、その経験が今回の受賞作にもつながっています。
これはちょうど、『コンビニ人間』の村田沙耶香がコンビニでバイトをしていたことと同じパターンです。

そういえば、『むらさきのスカートの女』と『コンビニ人間』って、なんか似ています。
今日も読んでてデジャブがあったのは、そういうことか。
バイトって、その弱く不安定な立場と難しい人間関係が、リアルな小説の題材になりやすいのかもしれません。

さて、私は若い頃、どんなバイトをしてきたっけな。ちょっと思い出してみましょう。(で、小説書く?)

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気温と体温
- 2019/07/03(Wed) -
当院の問診票の右上には、院内で測った体温を記載する欄があります。
来院して検温して初めて、「あらっ、八度五分ありました」と、熱があることに気づく方もけっこういます。

「八度五分」というのはもちろん、「38度5分」のことであり、しばしば「三十」の部分は省かれます。
これを「38.5度」と言うこともできますが、体温の場合は伝統的に「○度○分」という表現をよく使います。

一方で気温の場合には、「36.5度」のような言い方が慣用表現とされています。
民放ではたいていこれを使っており、普通にわかり易く感じます。
ところが、NHKは今なお「36度5分」のようにしか言いません。まるで体温みたいで私は違和感があります。

最近の「NHK放送用語委員会」でこの点が議論されましたが、結局、従来通り「○度○分」でいくようです。
気温も体温もいずれも同じ温度を指すものであり区別する必要はない、というのがその理由です。

いやいや、区別すべきでしょう。体温というのは、単に体の温度を示すだけの数値ではありません。
とくに「熱」は、身体の兆候を現す重要な「所見」であり「体調」そのものです。
「九度」だというだけで、その人の病状を端的に表現することができ、医療者も身構えるのです。

言葉は世間の慣用に従って変化するのが自然なので、NHKのかたくなな態度は、いけません。

と、以前は考えていたのですが、状況によっては気温でも「○度○分」もアリかと、最近は思っています。
たとえば猛暑日の気温。「38.5度」よりも「38度5分」と聞いた方が、いかにも暑そうで汗ばみます。

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サンノゼ
- 2019/06/06(Thu) -
WWDC2019」という、Appleの発表会(開発者イベント)が開催されたのは、サンノゼの会議場でした。
重大インシデント」を起こしたANA機が離陸したのも、同じく、カリフォルニア州のサンノゼ空港でした。
つまり過去2日間のブログは偶然にも、「サンノゼ」がらみだったというわけです(だから何?)。

サンフランシスコ湾南岸一帯を「シリコンバレー」といいますが、サンノゼはその中核都市のひとつ。
サンノゼにはCisco、その東のサンタクララにはIntel、隣のサニーベールにはYahooの本社があります。
その東のマウンテンビューにはGoogleの、南のクパチーノにはわれらがAppleの本社があります。

実はずっと以前から疑問でした。なぜ「San Jose」の綴りで「サンノゼ」と言うのか。
どうせスペイン語読みを踏襲したかなんかだろうと思い、ググりもしてきませんでしたが、今日ググりました。

違いました。スペイン語読みだと、むしろ「サンホセ」だそうじゃないですか。
米国人も、ゆっくり正確に発音する時は「サンホゼ」だったり、さらっと発音すると「サノゼ」だったり。
ま、こんなネット上の未確認情報の又聞きの受け売りをここで披露してもしょうがない。

もしかすると、日本語で言う「連声(れんじょう)」みたいなものかもしれませんね(素人の意見です)。
連声というのは、「観音(カン+オン→カンノン)」とか「天皇」とか「因縁」のような音変化のことです。

フランス語の「リエゾン」も、似たような発音規則ですよね(よく知らんけど)。
そしてどうでもいいけど、「リエゾン」と「連声」って発音もそっくり。連声ってリエゾンの当て字?

いつか米国西海岸に行くことがあったら、必ずサンノゼを訪れて、現地人の発音を聞いてみたいものです。
その時は当ブログで、受け売りではない私自身の調査結果をご報告します(10年ぐらいお待ちください)。

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人一倍飲む
- 2019/04/25(Thu) -
かつて「成人病」と呼ばれ、いまは「生活習慣病」ですが、本来は「生活悪習慣病」というべきでしょう。
その診療を行っている立場としては、自分自身の生活習慣に改善の余地があることを、苦々しく思っています。

いわゆる「休肝日」など、年に3日あるかないかというのが、つい最近までの私のアルコール摂取習慣でした。
ところが最近、次のように考えを改めたのです。「深酒をする予定があれば、その数日前から断酒しよう」と。

実はコレ、私がずっと続けている「1日1食生活」にも通じます。すなわち「楽しみの前の我慢」です。

明日2倍飲む予定なら、今日は断酒する。5倍飲むつもりの宴会があれば、その前の4日間は断酒しておく。
肝臓への負担等が、そのような単純計算で手当できるとは思いませんが、断酒しないよりはマシでしょう。

それに、4日断酒したあげくの5日目に5倍も飲めるはずがありません。結局、総飲酒量は減らせるのです。

そう言えば、「倍飲んだ」って言ったら、「2倍飲んだ」ってことですよね。つまり「倍=2倍」。
辞書(日国)を引くと、「一倍」とは「二倍の古い言い方」とあります。ちょっと考えると不思議です。

じゃあ、「1倍=2倍」ならば、数学的には「倍=0」となるのかというと、そういうわけでもありません。

たとえば「人一倍」という場合には、厳密には「人の二倍」ではないにしても、比喩的には二倍なのでしょう。
つまり「人一倍」とは、「人 + もう1倍」という、加算的な意味だと理解すれば腑に落ちます。
ちょうど楽天などのポイントでいうところの「2倍」が、「+1倍」の意味になるのと同じですね。

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ブログ更新連続7年
- 2019/04/15(Mon) -
毎日ムキになって書き続けている当ブログは、今日で連続更新(投稿)が7年に達しました。

「2013年以降では、当ブログの連続更新記録は、世界最長タイ記録です」
当たり前のことをエラそうに書くと、そうなります。この手の表現は、ときどき色んな人が使いますね。

「私は最年少の大統領候補ではないかもしれないが、最も若い女性大統領になるだろう」
ヒラリー・クリントン氏が大統領選に際して、年齢で不利だと言われる悪評を、このように喝破していました。

「上南部2丁目で小児科といえば、当院がいちばん評判が良いです」
当院しかないですからね、上南部2丁目で小児科やってるのは。なお「評判が悪い」にも置き換え可能。

さてさて、いったいあと何年書き続けられるでしょうね。
「毎日書く」のが苦しくなったら、「7日分の密度のブログを毎週1回書く」という手法で切り抜けようかな。
これはインチキじゃありませんよ。1回内服したら効果が1週間続く、骨粗鬆症の薬と同じ理屈ですから。
となると、「30日分の密度のブログを毎月1回書く」という戦術だってアリでしょう。

でもやっぱり、作文の宿題や日記のように、毎晩苦しみながら書くからこそ、逆に楽しいのです。
夜23時を過ぎてもブログネタが決まらないとき、たぶん私は半泣き状態になっています。
だから、23時59分台に無事投稿を終えたときの、その達成感がたまりません。

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『妻のトリセツ』
- 2019/02/24(Sun) -
話題の本『妻のトリセツ』(黒川伊保子著)を、焼肉店で順番を待つ間に読破しました。
グイグイ引き込まれるように読めた、と言うよりも、内容が少々薄っぺらなので、すぐに読めるのです。

「夫婦あるある」的な部分も多いのですが、その「ステレオタイプ」な記述がだんだんイヤになる本です。

そう思っていたら、黒川氏が監修したグリコの子育てアプリの宣伝サイトが、炎上しているそうですね。
利用者から「女性を馬鹿にしている」との批判が相次いだため、グリコはサイトを取り下げたとのこと。
報じられたそのサイトを見てみたら、「トリセツ」と同じ内容が書かれてるじゃないですか。

この本は女性からの批判が多いそうです。著者が男性だったら大ブーイングだったことでしょう。
男からすれば参考になる部分もわずかばかりありますが、女性がこれ読んだらイヤだろうなと思いますね。

ちなみにわが家では、家人はこの本を読もうとしません。「タイトルがすでに気に入らん」そうです。

性別でも血液型でも県民性や国民性も、ステレオタイプな見方は面白いですが、科学的根拠には乏しいもの。
納得できるものには「あるあるっ!」と賛同し、そうでないものは左へ受け流す(古い)程度のものです。

ある脳科学者は「男女の平均に差が出ることはあるが、個人差の方が大きい」と言ってます。まさにそれです。
面白おかしく書いとけばいいものを、説教じみて断定するものだから、私は読んでてむかついてくるのです。
でもそれって、どんな著述にも言えることですかね。・・・他山の石としましょう。

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あ・らへん
- 2018/12/03(Mon) -
女の子のお腹を触診しながら「どこが痛い?」と訊くと、「真ん中らへん」という返答。
若者言葉でよく耳にする「らへん」ですが、目くじらを立てるほど嫌いな表現じゃありません。

それが間違いなのはわかっています。
「ここらへん」=「此処等(ここら)+辺(へん)」を、「此処+らへん」のように誤解した結果です。
このように誤った解釈で言葉が変化する現象を「異分析」と呼ぶことは、前にも書きました。

異分析はたいてい、言葉の分かりやすさや使いやすさを追求した結果なので、しばしば親しみがもてます。
「等(ら)」と「辺(へん)」を重ねた「らへん」には、よりアバウトに表現しようという遠慮を感じます。

若い方に何かを尋ねると、「あ、○○です」と、冒頭にいちいち「あ」が付くことがありますね。
将棋の藤井聡太七段も時々、そのようなしゃべりをしているのをテレビで見かけます。

「ああそれは」を短縮した形の「あ」なのか、ワンクッション置いて答えようとする表現なんでしょうね。
若い人は敬語や婉曲表現に自信が無いので、それを補おうと、新表現を繰り出してくる傾向があります。
「大丈夫ですか」とか「よろしかったですか」などもみな、その範疇と言えるかもしれません。

冒頭の女の子に、腹部を押さえながら「痛い?」と訊いたら「あ、痛い」と、「あ」付き表現。
すかさず「誰に会いたい?」とツッコんだのですが、スルーされました。

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ほぼほぼ大丈夫
- 2018/11/05(Mon) -
聞いてて違和感のある言葉だった「ほぼほぼ」ですが、ほぼほぼ慣れましたね。
少々言いにくい言葉なのにどういうわけか広まっているのは、その語呂の面白さゆえでしょうか。

最初に聞いたときにはすぐ『ボボボーボ・ボーボボ』を思い出しましたが、この話は膨らませないでおきます。

「よろしかったですか」などの若者言葉にはいまだにムカつく私ですが、「ほぼほぼ」にはなぜか寛容です。
文法的に間違ってるわけじゃないし、なんなら自分でも使ってみたりもします。あくまで、わざと、ですけど。
わざと使ってるうちに自分の中で定着してしまうのは避けたいですが、ミイラ取りになるかもしれません。

似たような言葉でいうと、「まずまず」という表現が、「まず」と同様の意味で使われることがありますね。
このとき、「まず大丈夫」と「まずまず大丈夫」では、どっちがより大丈夫なのでしょう。
あるいは、「まあ元気」と「まあまあ元気」では、どっちが元気?

「まず大丈夫」=「90%大丈夫」ならば、「まずまず大丈夫」=「まず(まず大丈夫)」=「81%大丈夫」
数学的にはこのような感じで大丈夫でしょうか。

いやいやむしろ、繰り返すことで強調するというのが本来のはず。「まずまず大丈夫」の方が大丈夫なのです。
なので「ほぼほぼ」も、「慣れた」>「ほぼほぼ慣れた」>「ほぼ慣れた」、という順番ですかね。

「現代用語の基礎知識2018」にも「『ほぼほぼ』は『ほぼ』よりも確実性の高いときに使う」とありました。
ていうか、そんなことはほぼほぼ考えずに、ほぼほぼ「ノリ」で使ってると思いますけどね、世の人々は。

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ゾフルーザ出番待ち
- 2018/10/23(Tue) -
「新しいインフルエンザ治療薬『ゾフルーザ』って、よく効きますか?」
最近そのように尋ねられたのですが、申し訳ありません、まだ一度も処方したことがないのでわかりません。
理屈や前評判ではなく、自分で処方してその効果を実感してみたいものですが、まだその機会がないのです。

医薬品の名称にはうるさい私ですが、「ゾフルーザ」は発音しやすいのに個性的で、ザ行の響きが良いですね。
「ノックアウト(XO)」+「インフルエンザ(influenza)」→「XOFLUZA」という命名法だそうです。

「XO」で「ゾ」と読ませるところがミソでしょうか。でも「XO」といえば、私がすぐに思い出すのは、

(1)ブランデー
XOとは「extra old」の意味。めっちゃ古い(=熟成年数がとても長い)、ってことですね。
VSOPよりもナポレオンよりも上のランクだと、私は理解しています。最近は、ほとんど飲まなくなりました。

(2)XO醤
この分野にうといので、解説不能です。名前の由来はブランデーのXOをまねたようですが。

(3)キサンチンオキシダーゼ(xanthine oxidase ; XO)
食物中の遺伝子成分に含まれるプリン塩基、アデニンとグアニンが代謝されると、キサンチンになります。
そのキサンチンを酸化して尿酸に変える酵素がXOで、そのXOをブロックする薬が「XO阻害薬」です。
高尿酸血症の方の多くが、XO阻害薬(商品名「ザイロリック」など)を飲んでいます。
ザイロリックは「ザ」で始まるので、「Xa」なのかと思えばそうじゃなくて「Zyloric」。つまらん。

そういえば、カトリック教会の聖フランシスコ・ザビエルは、「Xavier」ですね。
山口市の母校(中学校)の正門前の丘(亀山)の中腹に、ザビエル(サビエル)記念聖堂がありました。
90年代に火災で焼失し、その後再建された新聖堂を、実はまだ私は見たことがありません。
山口にはもう、だいぶ行って(帰って)ないってことですね。

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苦肉の策
- 2018/09/29(Sat) -
9月29日のネタとして「苦肉の策」に触れるのは、意外にも、今回が初めてです。
その語源とされている、私の好きな三国志の名場面は、あえて身内を痛めつけて相手をだます計略でした。

偽りのいさかいによって激しくムチ打ちされた部下が敵に偽装投降し、敵陣内で放火を敢行した作戦です。
映画『レッドクリフ』でも描かれた「赤壁の戦い」の中のエピソードなので、結構知られている話ですよね。

投降が偽装であることを悟られないためには、次の条件が重要でした。
(1)ムチ打ちの刑に処されるまでの経緯が自然であること
(2)ムチ打ちの程度があまりにもひどく、敵に寝返ることが自然に見えること
(3)それらの一部始終を、敵のスパイが見ていること

つまり、偽装とは思えないほど重い刑罰を、敵のスパイに目撃させることが、成功の秘訣だったわけです。

身内(=肉)を苦しめれば苦しめるほど、敵はだまされるわけで、ムチ打ちのリアリティーがカギですね。
「苦肉の策」とは、それほどまでに味方を痛めつけることを前提とした計略なわけです。

なので「苦し紛れにひねり出した妙案」ぐらいの意味で「苦肉の策」を使うのは、厳密には間違っています。
苦肉の策とは、「自らを傷つけて相手をだまし、信用させて油断を誘うこと」とすべきでしょう。
その意味では今日のブログも、苦肉の策と言うにはおこがましい、単なる苦し紛れのダジャレネタです。

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誤飲と誤嚥
- 2018/09/23(Sun) -
「子どもがタバコを食べた」「オモチャを飲み込んだ」などという電話相談を、ときどき受けます。
毒物か、腐食性があるか、尖っているか、そしてお子さんの様子はどうか。
誤飲・誤食したモノの内容や子どもの病状によっては、日赤などの救急病院に直行していただきます。

子どもが口にするモノは、さまざまです。保護者の方におかれましては、くれぐれもご注意ください。

「誤飲」「誤食」「誤嚥」の3つの言葉は混同されやすく、そもそも、厳密な定義があるのかも疑問です。
昔は、これらの意味をひっくるめて、広い意味で「誤嚥」を使っていたような気がします。

しかし最近では、「誤嚥」は「飲み込むべきモノを誤って気道に吸い込んでしまうこと」の意味で使います。
その一方で「誤飲」は、「飲み込んではならないモノを誤って嚥下してしまうこと」です。

つまり、誤って嚥下してしまったのが「誤飲」で、ちゃんと嚥下できなかった場合が「誤嚥」です。
日本語的には、しっくりきませんね。

「飲み込む(=嚥下する)」ことを英語で “swallow” といいますが、「ツバメ(燕)」も “swallow” です。
当然、両者は同語源かと思いきや、そうでもない。スペルが同じなのは、偶然の一致のようですね。

中学生時代に、スズメの “sparrow” と、ツバメの “swallow” を、私はよく混同していました。
で、私なりの覚え方。「進め!、じゃないのが、座ろう!」

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さくらももこ氏死去
- 2018/09/10(Mon) -
「さくらももこの訃報を目のあたりにして『神のちから』(さくらももこ 小学館)を引っ張り出した」

週刊文春の『私の読書日記』欄で、三上延氏がそのように書いていたので、私も引っ張り出してみました。

『神のちから』が書斎にあることは、わかっていました。震災後の片付けの時に、目にした記憶があるのです。
では、どこにあるのか。メインの、作り付けの棚ではありません。そこは今、スコッチが占領してますから。
古い(購入して20年以上を経た)本ばかりを収納した、いちばんへんぴな書棚を探してみます。
はたして、前後に重なった本の後ろ側のいちばん日の当たらない場所に、その『神のちから』はありました。
まあ、もともと書斎自体に日は当たりませんけどね。窓は小さい上に、シャッターを下ろしてますから。

あらためて読むと、ひどくシュールですね。四半世紀ぶりに読んだのに、ほとんど内容を覚えていました。
とくに私が好きなのが『それていくかいわ』です。当ブログの読者なら、お分かりいただけるでしょう。

『神のちから』に収録されている最後のエッセイは、「こんすたんちのーぷるのおもいで」です。
それは、「まだ見ぬ土地、コンスタンチノープルよ、さようなら。おなら。」で締めくくられていました。
そのシュールさは、私にはとうていマネできません。『ちびまる子ちゃん』とのギャップも、なかなかです。

53歳という若さで、さくらももこ氏の命を奪ったのは「乳がん」でした。
息を引き取る前の最後の言葉は、「さようなら、おなら」だったかもしれません。

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熊本でも風疹
- 2018/08/31(Fri) -
ついに熊本県内でも風疹患者が出ました。県北部に住む30代の男性で、昨日診断されたようです。
その男性と、風疹の免疫をもってない妊婦さんとの接触がないことを、祈るばかりです。

風邪かと思うような微熱と同時に、からだに発疹が出ます。「風邪+発疹=風疹」です。
じゃあ「邪発」はどこ行ったのか、という疑問は残りますが、今回そこは掘り下げません。

怪しいと思ってもいきなり受診せず、まず電話でご連絡ください。診察時には隔離する必要があるからです。

ところで「疹」の字は、「常用漢字表」に含まれていません。平成22年の改定でも追加されませんでした。
日本新聞協会は同年、常用漢字表にない漢字(表外字)のうち5字を、「新聞常用漢字表」に追加しました。
その5字というのが、「磯」「絆」「哨」「疹」「胚」でした。
それ以来、「麻しん」「風しん」などの表記が徐々に、「麻疹」「風疹」に変わりつつあります。

漢字のほかに、どうしても気になるのが「発疹」の読み方ですね。「ほっしん」か「はっしん」か。

NHKは平成22年から、それまで認めていなかった「ほっしん」も、優先順位2位で採用すると決定しました。
しかし第1位は「はっしん」なので、ニュースでメインキャスターが「ほっしん」と言うことはなさそうです。
ただし地方局や民放や、アナウンサーではない方の発言などでは、「ほっしん」も耳にします。

医療現場では間違いなく「ほっしん」です。だからニュースで「はっしん」と聞くと、違和感があります。
「はっしん」には「発信・発進」等のよく使う同音異義語があるので、「ほっしん」に合理性がありますよね。

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ちぇすと行け!
- 2018/08/12(Sun) -
大河ドラマ『西郷どん』の締めはいつも、「ちぇすと!、きばれ!」という西田敏行氏のナレーションです。
「ちぇすと」という鹿児島弁の意味は、なんとなくわかります。気合いを入れるための、かけ声でしょうね。
あらためて調べてみたら、その語源には諸説ありました。

(1)「強くすっど」→「つぇすっど」→「ちぇすと」
(2)「知恵を捨てよ」→「ちぇすてよ」→「ちぇすと」
(3)「胸(CHEST)を狙え」

このうち私は、いちばん突拍子もない(3)を支持しますね。だって鹿児島弁の語源が英語だなんて、面白い。

日常語で「胸」と言えば、おもに上半身の前の部分を指しますが、これは英語では “breast” です。
英語の “chest” は日本語とは異なり、頚部と腹部の間の胴体全部を指します。
医学用語では、胸部にはしばしば “thorax” という言葉を使い、「胸部外科」なら “thoracic surgery” です。

『CHEST』という名前の医学雑誌があります。胸部疾患に関する臨床・研究論文を掲載する英文雑誌です。
実はこれは、私が医者になって最初に著者に名を連ねた英文誌です。
もちろん自分では何も執筆しておらず、先輩医師のお情けで「共著者」にしてもらっただけです。

でも、その有名な医学雑誌に自分の名前が印刷されているのを見ると、励みになりましたね。
次は自分が「筆頭著者」になる!(=自分が論文を執筆するぞ!)と、やる気が出てくるものです。
前述の先輩は、『CHEST』は意外と審査が甘いから、頑張って論文を投稿したらどうかと勧めてくれました。
まさに「チェスト行け!」なわけですが、残念ながら私は、先輩の期待に沿うことはできませんでした。

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逆走台風接近中
- 2018/07/29(Sun) -
関東上陸かと思っていた台風12号は、西向きに進路を変えて西日本を縦断し、ついに九州に上陸しました。
しかもあろうことか、九州西岸をゆっくり停滞気味に南下するらしく、九州への影響が続きそうです。
まさかその後で、通常の台風のように北東に進路をとって、また西日本を縦断したりはしないでしょうね。

各地にさまざまな被害をもたらしていますが、最近の私の関心事は「空の便」への影響です。
NHKによると、現時点で航空各社合わせて179便で「欠航または欠航が決まっています」だそうです。

「欠航または欠航が決まっています」ってよく聞きますが、この言い方、昔から違和感があるんですよね。
「欠航、または欠航が決まっています」と読点が入っても、耳で聞いたら同じことです。

「A、またはBが決まっています」と聞けば、AかBのどちらかに決まってるんだろうな、と思うのが自然。
「A、またはAが決まっています」と聞いたら、ナニそれ、どっちもAじゃん、となるのは当然でしょう。

「すでに欠航したか、今後の欠航が決まっています」と言うのが正しい表現のはず。でもニュースでは、
「欠航、または欠航が決まっています」と略しており、まったく不親切で不適切。今日も何度も聞きました。

わかりにくさの原因は、最初の「欠航」が体言止めだからだでしょう。
話し言葉の体言止めは、CMなんかではよく耳にしますが、ニュース原稿では極力避けるべきですね。

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メモらないと忘れます
- 2018/06/27(Wed) -
トシのせいか、あるいは病気か、近年ますますもの忘れが激しくなってきました。
このことはもう、何度も書いてきましたが(たぶん)、何度も書いておきたいテーマです(覚えてるうちに)。

もの忘れを分類するなら、
(1)いま覚えたことをすぐ忘れる(記憶を保持できない)
(2)少し前まで覚えてたはずなのに、どうしても思い出せない(記憶を取り出せない)
の2つの要素があると思ってきましたが、もうひとつ、
(3)そもそも、最初からちゃんと覚えていない(覚える気が無い)
というのも、あるかもしれません。家庭内でみられる種々の軋轢は、おもに(3)が原因のような気がします。

記憶の保持や取り出しに関しては、まだ、対応策があります。記録です。メモです。
仕事や役所や家族親戚関係等の重要事項は、なるべくパソコンにメモするようにしています。

当ブログも、思いついたことをそのまま書いているような側面があるので、日頃のメモがとても重要です。
「へぇ」とか「ふ〜ん」とか「ウソ!」などと感じた小さな発見・驚きが、ブログのネタになるのです。

その重要なヒントをメモし、しかもどこにメモしたか忘れないように、基本的に使うアプリを限定しています。
パソコン使ってる時には、先日も話題にした「Evernote」に書いておくのが確実。
あるいは、MacとiPhoneでデータが同期している「メモ」にメモするのも便利です。

いま日経の「私の履歴書」では阿刀田高氏が連載していますが、6月13日掲載分に興味深い記述がありました。
(以下引用)
日々の生活の中でつねにアイデアのかけらを探している。思いついたことはとにかくメモにする。断片的な一行でもいい。これを怠ると、
──いいこと、思いついたんだがなあ──
あとでは思い出せず、釣り落とした魚を悔やむこととなる。
(引用ここまで)
あー、わかるわかる、なんて素人の私が言うのもおこがましいですが、でも同じなんですよね、私と。

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獅子奮迅
- 2018/06/14(Thu) -
米朝首脳会談が開かれたのは、シンガポールの「セントーサ島」のホテルでした。
シンガポール自体がマレー(シア)半島の先に位置する島国ですが、そのまた先っぽにある小島なんですね。
地図で見ると、ちょっとフラクタルな感じがいい。
セントーサ島って、シンガポールのどこにあるの?「先頭さ」(書かずにいられませんでした)

シンガポールは、いちどは行ってみたい国ですね。ほぼ赤道直下の、きわめて近代的な都市国家。
観光客が真っ先に見るのは「マーライオン」。大小何体かあるらしいですね。全部見ましょう。
それから、地震国日本人には想像もできない構造の、高層ビルの上に船みたいなのが乗ってるやつね。
そのホテルに、旅行サイトから宿泊予約を入れようとしたけど(試しに)、全然取れません。ずっと満室。

シンガポールの語源は、マレー語の「シンガプラ(Singapura)」。「ライオンの町」の意味だそうですね。
サンスクリット語でライオンを意味する「シンハ」が由来とのこと。

「シンハ」と聞いて、すぐに思い出すのは、タイの「シンハ(Singha)ビール」でしょうね、やっぱり。
ラベルにライオン(ていうかほぼ、獅子)の絵柄が描かれてるやつ。あの獅子が「シンハ」でしたか。
小泉純一郎元首相が、衆院解散回避の説得に来た森喜朗元首相に振る舞ったビールということでも知られます。
ライオンのような髪型がトレードマークの小泉氏ですから、シンハビールを愛飲していたと想像できますね。

「獅子」も「シーサー」も語源は「シンハ」。「狛犬」は高麗から伝来した獅子。結局みな、似てます。
「獅子の子孫」の意味の「シンハラ人」は、スリランカの主要民族。国旗にはまさに獅子が描かれています。
ライオンに由来する事柄って、世界中にありそうです。
古代の人は、百獣の王ライオンを神や王の権威と重ね合わせ、建国の神話に盛り込んだのでしょうね。

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初孫は初々しい
- 2018/05/15(Tue) -
初孫に、会いに行きました。
感字屋さんに作ってもらった命名書を携えて、可愛らしいよだれかけやら何やらを持って、会いに行きました。
おっと、いまどき「よだれかけ」なんて言葉は使わないらしいですね。はぁ?「スタイ」?、初めて聞いた。

ところで、「初孫」と書いて、なんと読むのが正式なのでしょうか。「はつまご」なのか「ういまご」なのか。
どっちが正しい読み方か知ってるかとフランス人に尋ねたら、「うい」と言ったとか、言わなかったとか。
まさか「しょまご」はなかろう。いやいや可能性としては「はつそん」「ういそん」「しょそん」もあり得る。

「初産」と書けば、「ういざん」と読むのが伝統的で、一般的にもよく使われています。
しかし医学用語では「初産婦」を「しょさんぷ」と言うので、「しょさん」の方が学術的な表現なのでしょう。
「しょざん」とも「はつざん」とも言うらしいけど、私が慣れてるのは「しょさん」か「ういざん」ですね。

NHKの8年前の実態調査では、「ういざん」84%、「しょさん」7%、「しょざん」4%、「はつざん」2%。
今はもう少し低いかもしれませんが、それにしても「ういざん」率の高さが私には意外でした。

それに比べれば、「ういまご」率は、そこまで高くないような気がします(個人の感想です)。
一方で「初陣」は「ういじん」としか読まないようですね(辞書でザッと確認済)。

辞書(日国)によると、「うい」は「生まれて初めて」の意味であり、「はつ」は一定の周期ごとの初回だと。
初陣・初産・初孫は「うい」で、初雪・初春・初夢は「はつ」だというわけです。

「初々しい(ういういしい)」という言葉もあるように、「うい」には幼くて新鮮な印象がありますよね。
そう思いませんか、フランス人の方。

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カンフル剤
- 2018/04/25(Wed) -
「カンフル剤」って何ですか?、というご意見を頂戴しました。昨日のブログで書いた言葉についてです。

「カンフル」とは「樟脳(しょうのう)」のこと。昔は蘇生薬とか防虫剤の定番でした。
いまは薬としてよりも、比喩的な使われ方がほとんどです。いや、それももはや死語かもしれませんね。
起死回生の切り札としてのカンフル剤は、一時的に状態を改善させても、病状を根治させる薬ではありません。

ちなみにカンフル(樟脳)という化合物は、元々は「クスノキ」から精製されました。
当院の近隣に「楠」という地区があるので、クスノキという名称にはなじみがあります。
昭和43年、団地開発中のその地に数本の楠があったのが地名の由来だと、楠小学校のサイトにありました。

その楠に隣接して「楡木」という地区もありますが、どうしてクスノキは楠で、ニレノキは楡木なんでしょう。
たぶん、植物の名称としては「クスノキ」と「ニレ」なのでしょう。

「楠」と同様に、漢字一字で語尾が「ノキ」の木には、「エノキ(榎)」と「ヒノキ(檜)」が思いつきます。
これらの漢字に含まれる「ノキ」は、元々は「の木」だったと考えるのが自然でしょう。
最初は「楠(の)木・榎(の)木・檜(の)木」だったのが、やがて「楠・榎・檜」になったというわけです。
これらはいずれも大昔から日本にある植物で、長い年月の間に表記が簡略化されたものと推測します。

徒然草には「榎木の僧正」が出てきます。鎌倉時代には「榎」ではなく「榎木」だったことの証です。
同時代には「楠木正成」という人物もいましたね。その頃はまだ、「楠」ではなく「楠木」だったのでしょう。
こういう想像を巡らすのは楽しいのですが、学者によるちゃんとした論文や解説をぜひ読んでみたいものです。

ちなみに楠木正成は、鎌倉倒幕の「カンフル剤」として活躍しましたが、最後には不本意な結末を迎えます。
カンフル剤というのは所詮、一過性の作用しかないわけです。

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旧友と痛飲
- 2018/03/15(Thu) -
「旧友と痛飲」とタイトルを書いたら、「休養と通院」というフレーズを思いついたので書き留めておきます。

今夜は、学生時代の友達との飲み会です。彼とは高校時代の3年間同級で、大学でも同じ下宿でした。
しかし学部も違う彼とは、進路もまったく異なり、今日まで30年以上、ずっと会っていませんでした。

年賀状のやりとりをするだけの関係が、30年以上続いていたわけです。
卒業し、就職し、結婚し、子どもができ、その子どもたちも、成長し、就職・結婚しました。
しかし2人の男が再会して、子育ての苦労話ばかりするわけではありません。じゃあ、何の話なのか。

実はまだ、飲んでません。出かける前に、あらかじめブログを書いているところです。
飲んで帰宅後に執筆できる自信がないので(時間的にも肉体的にも)、今のうちに書いているのです。

大いに酒を飲むことを、なぜ「痛飲」というのでしょう。
飲み過ぎて、嘔吐(胃痛)・下痢(腹痛)・二日酔い(頭痛)が起きるからなのでしょうか。
転倒打撲による全身痛もあり得ます。あと、懐も痛みますね。

辞書によると、「いたく感動した」の「いたく(痛く・甚く)」と同じく、「ひどく」の意味のようですね。
「いとおかし」の「いと」とも同語源とか。なるほど。

「痛飲」のほかに、多量の酒を飲むという意味の「○飲」という表現を探してみると、たくさんありました。
「大飲」「満飲」は良くて、「乱飲」「暴飲」は良くない。「豪飲」は中間。あきれるほど飲めば「飽飲」。
牛が水を飲むが如く飲酒することを「牛飲」というそうで、さらに「鯨飲」なんてのもある。
今宵は、心楽しく飲む「楽飲」となることでしょう。

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雑誌いろいろ
- 2018/03/12(Mon) -
朝刊(日経)はいつも1面から見ますが、トップニュースはすでに電子版(ネット)で読んだ記事です。
なので目線は下の方に降りて、コラム(春秋)を読み、ついでにその下の、書籍や雑誌の広告を眺めます。

今日は月刊誌等の広告が6枠並んでいました。この欄でいつも目にする雑誌広告を、いくつかあげてみると、

『Samgha Japan(サンガジャパン)』(仏教のリアルを探す総合誌)
今回の特集は「医療と仏教」のようです。気になりますね。立ち読みしても、バチは当たらないでしょうか。

『月刊 養豚界』(養豚の現場がわかる・見える)
毎日のように豚肉を食べているというのに、養豚業界については何一つ知らない私です。
養豚界と聞いても、「酔ぉとんかい?」みたいなフレーズが思い浮かぶだけです。

『Wan』(ひとつの犬種を総力特集する愛犬情報誌)
これは土曜日に広告が出てました。今回はヨークシャー・テリアが特集。「ヨーキー」って言葉、知りました。
フレンチ・ブルドッグが特集のときには、買うことにしよう。

『製菓製パン』(お菓子とパンの情報発信誌)
和菓子特集は「珈琲風味の和菓子集」。和菓子x珈琲が「新たなトレンド」だとか。へぇ。食べてみよう。

『卓球王国』(こだわりの卓球情報誌)
ロゴが面白い。「国」という字の点が、ピンポン球みたいな球形なんですよね。

調べてみると日経の一面では、1枠の広告料は746,000円だとか。いつか当院も、広告を出してみますか?

『月刊 ひまわり通信』(医療界のリアルを総力で探すこだわりの情報誌)
特集は「降圧剤丸わかり この冬処方したいクスリ 超簡単○×検証 最新配合剤徹底レポート」
第2特集「インフル検査 陽性を出すための技術、ポイントは右手首のスナップ(実技DVD付き)」

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親族代表謝辞全文
- 2018/02/11(Sun) -
本日の結婚披露宴で、親族代表として私が述べた謝辞を、思い出しながら、ここに書いてみます。
こんな私的な文章をブログで紹介するのもどうかと思いますが、すでに多くの方の前で喋った内容ですから。
ご笑読いただければ幸いです。
–––––

新婦の父、鶴原由一でございます。
僭越ではございますが、両家を代表いたしまして、一言ご挨拶させていただきます。

皆様方には、連休中にもかかわらず、また雪の舞うこのような寒い日に、新郎新婦のためにご列席をたまわり、心より御礼申し上げます。

娘の麻衣は、いまでは皆様ご想像もつかないでしょうけど、小さい頃には本当に人見知りの激しい子でした。
それが、学校や社会で多くの方々と接するうちに、今ではむしろ、ひとよりもよくしゃべる、明るく活発で行動的な子になりました。
ことわざに言う、三つ子の魂百まで、なんてのは、あれはウソですね。

ある日、娘が、わが家にやす君を連れて来ました。やす君というのは、わが家における、新郎の呼び名です。
そのやす君の、すばらしく素敵な笑顔と男っぷりに、私は即、二人の結婚を承諾いたしました。

ただ、娘の名前が、鶴原麻衣から長麻衣に変わると思ったとき、まるで蝶が舞いとんで行くような、そんなことを連想して、しみじみとした気持ちになっておりました。

しかし今日、この披露宴で、多くの方々に祝福していただき、まことに楽しく盛り上げていただいたおかげで、すっかり晴れ晴れとした気持ちになりました。
いまの二人があるのは、そして二人が出会うことが出来たのは、ひとえに皆さまに支えていただいたおかげだと実感し、また安心もいたしました。

これからもどうか、若い2人に温かいご支援と、ご指導ご鞭撻をたまわりますよう、お願い申し上げます。

最後になりましたが、皆様のご健康とご繁栄をお祈り申し上げ、両家の挨拶とさせていただきます。
本日はまことに、ありがとうございました。

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記録中断の恐怖
- 2018/02/01(Thu) -
当ブログはすでに5年半以上、毎日更新を続けています。私にとっては、日記のような苦行です。
ここまで続くと途切れさせたくないのが人情、または根性、あるいはこだわり、ていうか意地。維持する意地。
ところが今日は、連続記録中断の危機がありました。

一般に、連続投稿の中断を余儀なくされる可能性があるとすれば、次のような原因でしょうか。

(1)仕事で帰宅が遅くなる
かつて冬の忙しい時期には、夜10時や11時帰宅のこともありました。深夜0時が締め切りなので、焦ります。

(2)飲み会がある
出かける前か、出かける途中のタクシーで書いたこともありましたが、さいわい、飲み会自体が少ないです。

(3)旅行に出かける
旅行自体がまれ。旅先には必ずMacを持って行きます。予約投稿もできるのですが、どうしても不安なので。

(4)パソコントラブル
大丈夫。職場でも自宅でも、それこそiPhoneでも、ブログの投稿はできるようにしています。内容は二の次。

(5)投稿サイトのトラブル
今日焦ったのはこれ。投稿サイトに通常通りのログインができないのです。いきなり「二段階認証」しろと。
その認証用コードが送られて来たのは、日頃あまり使っていないアドレス宛でした。
ところが、そのアドレスを管理するプロバイダのトラブルなのか、認証用コードのメールがなかなか届かない。
もはやこれまでか、と諦めたその瞬間、何事もなかったようにメールが届きました。こら、脅かすなよ。

教訓:何でも早め早めの準備が大事

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1時間弱とは
- 2017/11/07(Tue) -
「1時間弱」という言葉を、「1時間と少し」の意味だと思っている若い人が結構いると聞いて、驚きました。
NHKの調査によると、20代の4分の1、10代の3分の1が、「1時間弱」の意味を取り違えていたとのこと。

若い人の誤解の原因をNHKは分析していませんでしたが、私には思い当たる節があります。
それは「震度6弱」などの震度表現です。

1996年の震度階級改定によって、震度5と震度6が、それぞれ「弱」と「強」に細分化されました。
「震度5弱」は、従来の震度5よりも弱いのではなく、震度5のカテゴリーのうちの弱い方という意味です。
その「震度5弱」のノリで、「1時間弱」を「1時間台前半」のように感じる人がいるのかもしれません。

これは震度階級の命名法が悪いですね。改定の際には、「1時間弱」などの言葉の存在を考慮すべきでした。
「震度5」を細分化するならば、例えば「震度5」と「震度5強」の二つにするのでも良かったと思います。

「年若い者」の意味の「若年」を、「弱年」とも書きます。この場合の「弱」は、「若い」の意味です。
まだ若くて成熟していないという意味で、「1時間若(弱)」は「1時間足らず」を表すのかもしれません。

「1時間弱」と同様に、「半分弱」と聞けば、若い人には「半分より少し多い」と理解する人が多いそうです。
ちなみにオジサンは、「半分弱」と聞いたら「范文雀」を思い出します。

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文筆以前に書字能力
- 2017/10/14(Sat) -
純愛小説『アナログ』。才能なら俺にもあると、ビートたけしが又吉直樹を意識して書いた小説らしい。

読まずに思ったことは、有名人が書けばすぐに話題になってオトクだな、というひがみ。
才能を見せたいなら匿名で出版すればいいのに、と小説など書けもしないのに文句を言ったりします。
もちろん、この本について誠実に評価するためには、読むしかありません。そのうち読みます(たぶん)。

「新しいことをやることで自分に負荷をかけていきたい」
ビートたけしが、今回の小説刊行に際してこう言ったそうです。この姿勢は、すばらしいと思います。

運動能力でも知的能力でも、ちょっと負荷をかけるからこそ鍛えられ、さらに伸びるというもの。
負荷もかけずに現状維持、あるいは低きに流れる姿勢では、人の能力はどんどん廃れていくばかりです。

先日の開院記念日に、手書きのメッセージを職員向けに書こうとしたら、まともに書けず愕然としました。
漢字を忘れてることは想定済み。だからあらかじめパソコンで原稿書いて、その画面を見ながら書いたのに。

まず、字がヘタ。とてつもなくミミズ。ミミズ以下。元々ヘタなのに、以前にも増してヘタクソになってる。
ちょっと書いたらすぐ疲れる。ボールペンを持つ手の力と筆圧とのバランスが、うまく調整できないのです。
現代人は字が書けない、などとよく言われますが、私の場合は文字通り、書字能力が廃れてきているようです。

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カズオ・イシグロ氏
- 2017/10/06(Fri) -
ノーベル文学賞は、日系英国人作家、カズオ・イシグロ氏が受賞しました。
恥ずかしながら私は、この人のことをまったく知らず、なので作品も読んだことがありませんでした。
イシグロ氏原作の『わたしを離さないで』がドラマ化され、昨年TBSで放送されたようですが、見てません。

世間の流れに慌てて追いつこうと、今朝はさっそく近所の紀伊國屋書店に行ったのですが、すでに売り切れ。
店頭の一角には、陳列台の底を晒した部分がありました。そこがイシグロ氏の特設コーナーだったようです。
がしかし、特設コーナー小っちゃすぎ。わずか50センチ四方。本を並べようにも、在庫がなかったのか。

ふと脇を見ると、村上春樹氏の本が、その数倍以上の広さに平積みされていました。それも悲しい光景です。

すごすごと手ぶらで帰宅。こうなればAmazon頼みです。在庫切れでも大丈夫。Kindle版がありますから。
というわけで今日はまず、『わたしを離さないで』を読みました。

内容には触れませんけど、驚いたことがあったので、ひとつ言わせてください。
『わたしを離さないで』と、4年前の「第1回 星新一賞」に応募した私の作品のプロットが、似てるのです。
もちろん私は、イシグロ氏の作品を知らずに書いたわけで、パクったわけじゃありませんよ。

でも「星新一賞」の選考関係者は、「なんじゃこれ、カズオ・イシグロのパクリじゃん」と思ったでしょうね。
最大限に自己弁護させていただくなら、私の着想だけは、わりと良かったと言えなくもない。
ただし応募作は、文学的な表現も何もない超短編。イシグロ作品とは比ぶべくもない、薄っぺらな作文です。

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新聞連載小説
- 2017/09/07(Thu) -
伊集院静氏による、日経の連載小説『琥珀の夢——小説、鳥井信治郎と末裔』が、おととい完結しました。
サントリー創業者である鳥井信治郎の生涯を軸に、その息子と孫たちの現在までの活躍も描かれていました。

NHKの『マッサン』以来、ウイスキーがマイブームなので、『琥珀の夢』はとても興味深い物語でした。
とは言え、私がジャパニーズウイスキーで飲むことがあるとすれば、マッサンの方(ニッカ)です。

鳥井信治郎氏と、マッサンことニッカ創業者の竹鶴政孝氏とは、こだわりも思想も違います。
しかしこの両者が共にいなければ、世界的評価の高い今のジャパニーズウイスキーはなかったでしょう。
竹鶴氏の強烈なモルトと、天才経営者鳥井氏のグレーンが、見事にブレンドされたわけです(うまくない)。

私がニッカびいきなのは、竹鶴政孝の「鶴」の文字に親しみを感じる面もあります。
銘柄でいうなら、ピュアモルトの「竹鶴」や、ブレンデッドの「鶴」もいい。「鶴」はボトルの形も大好き。
シングルモルト「余市」も、私の名前「由一」を「ゆいち」と読めば、似てなくもない。

さて、日経の連載小説は昨日から、林真理子氏の『愉楽にて』に変わりました。
男女の話から始まったこともあり、なんだかなあ、て感じ。日経の読者層にウケる物語になるんだろうか。
それにしてもこういう新聞連載って、作家は原稿を何日前に書いてるんでしょうね。1週間?、1カ月?
まさか毎回、前日執筆なわけないでしょうけど、もしそうなら、地獄ですね。

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影裏か星の子か
- 2017/08/14(Mon) -
お盆休みの2日目は読書の日。芥川賞受賞作、沼田真佑氏の『影裏(えいり)』を、遅ればせながら読みました。
いつものように、単行本ではなく受賞作全文掲載の文藝春秋を買うところが、ちょっとケチな私です。

内容には触れませんが、ひとことで言うなら「我慢の読書」。短編のわりに読み進むのに時間がかかりました。
なぜなら、情景描写や心理描写があまりにも上手く、「文学的」すぎるからです。私の苦手なジャンルです。

選考委員の村上龍氏や宮本輝氏の、「文章は上手いけれど、なに?」みたいな「選評」に、私も同意します。

芥川賞を沼田氏と最後まで争ったのは、今村夏子氏の『星の子』です。これはKindle版で読みました。
昨年の候補作『あひる』もそうですが、今村氏の文章って、子どもの作文みたいに平易でスイスイ読めます。
しかしまた、子どものように無邪気で不気味ですね。いや〜な雰囲気は、今回も健在でした。

本日の読書3つ目は、「文学界」9月号に収載された、沼田真佑氏の芥川賞受賞第一作『廃屋の眺め』です。
これは、読みやすかった。しかも短編で、あっという間に読めました。ただ、結末がなんとも微妙。

沼田氏って、毎日なにか文章を書くようにしているそうで、受賞後インタビューでこう言ってます。
「書かない日があると、書くのが嫌いになりそうなので怖くて、毎日筋トレのつもりで書いています」
あ、そうそう、それそれ。
私も毎日ブログ書いてて、その「苦行」を何て表現したらいいのかと思ってましたが、そうか、筋トレか。

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「なんなら」の用法
- 2017/08/13(Sun) -
朝からお墓参りをすませ、午前中は部屋の片付けなどして、なんなら午後から炎天下をサイクリングしました。
それもこれも、夕方のビールを旨くするための仕込みです。なんなら今年初めての鰻もいただきました。

こんな感じの「なんなら」の誤用を、ネットでよく目にしますね。誤用なんだけど、なんなら嫌いじゃない。

辞書で「なんなら」を引くと、その意味は2つ書いてあります。
(1)もしよければ。「なんなら私の方からお電話しましょうか」
(2)もしイヤなら。「ビールがなんなら日本酒にしましょうか」

面白いですね、正反対の気持ちを同じ「なんなら」で表すとは。外国人には聞き分けが難しそうです。
たとえば接待の酒席を始めるとき、「お飲み物はビールでよろしかったですか」などと店員に尋ねられた際に、

(1)相手が日本酒好きと知ってて、「なんなら日本酒にしましょうか」(日本酒から始めてよければ)
(2)相手がビール嫌いと知ってて、「なんなら日本酒にしましょうか」(ビールを飲むのがイヤなら)

冒頭に書いたような誤用は、それどころか、とか、さらに言うと、のような意味で使われているようです。
ネットから拾ってきた用例には、「彼女とは何でもないよ。なんなら手もつながなかったし」なんてのもある。

なんなら=もしよければ→もしよければさらに言わせていただきますが、みたいな変化なのかもしれません。
それにしても、ひつまぶしが旨かった。なんならビールも。

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本を読む時間
- 2017/06/09(Fri) -
この時期、診療の待ち時間が長いです。患者さんの待ち時間じゃありません。私の待ち時間です。
つまり、患者さんが少ないのです。人間がいちばん健康的な季節なのでしょう。そう、思っておきます。

診療の合間に何をして時間をつぶすか。流行り物「ハンドスピナー」を買ってみましたが、まあ、つまらない。
ネットを見たり、細切れで読めるような本を読んだりもしています。いま診察室に置いているのは、
『図25枚で世界基準の安保論がスッキリわかる本』(高橋 洋一著)
『謎の漢字』(笹原宏之著)

高橋氏には最近、露骨に政権寄りの発言が多くて、ちょっとイヤですね。
それよりも面白いのは漢字の本。たとえば、「謎」という字をよく見たら、しんにょうの点がふたつある。
これまでの人生で、私はたぶん、この字のしんにょうの点は、ひとつしか書いてこなかったような気がします。
(追記:表示環境によっては、点がひとつのしんにょうに置き換わってますね)

この本の受け売りを書き並べていけば、ブログも捗(はかど)りますね。で「捗」の字。
旁(つくり)の「歩」の部分の、右下の点がない。知らんかった(フォントによっては点が登場しますが)。
もともと「歩」には右下の点がなかったそうです。

自宅でいま読んでいるのは、2冊。並行して2冊読んでいる理由は、1冊だけだと根気が続かないからです。
『佐藤慶太郎伝』(斉藤泰嘉著)は、「石炭の神様」と言われた人物の話。九州の人なので馴染みもあります。
『医者という仕事』(南木佳士著)の著者は、芥川賞作家で医師。私より一回り年上ですが、考えが近い。

読みたい本は山ほどありますが、全部読むには時間が足りません。
でも、齋藤孝氏のように速読をしようとは思いません。単に情報を得るための読書じゃないからです。
それは映画やドラマやドキュメンタリーでも、あらすじだけ聞いたのではまったくつまらないのと同じです。

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