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挨拶でも学会発表でも、原稿は書くべき
- 2024/02/10(Sat) -
結婚式・披露宴に参列してきました。感慨深くて良いものですね。
若い参列者の多くは新郎新婦に共感して感激し、また別の世代の方は親の気持ちになってウルッとくるのです。
私はもちろん後者。わが子らの結婚式の時を思い出したりして、しみじみとした感動がありました。

結婚式の時点で既に盛り上がっていたので、披露宴での主賓挨拶は、だいぶアドリブが入ることになりました。
そうなることは予想はしていましたが、それでも、話す内容はあらかじめ原稿にしていました。
話しの本筋が仕上がっているからこそのアドリブです。そうでなければ、収拾が付かないことになります。

もちろん原稿を見ながら喋るわけではありませんが、話したいことを明確にするためにも、原稿は必須です。

一方で、学会発表のような学術的な口演では、私は自分にアドリブ禁止を課していました。
ついついアドリブが入ってしまうと、どうしても長くなってしまいがちだし、噛み易くなるからです。

それにそもそも、学会発表でアドリブが入る余地があるのは、元の原稿の完成度が低いからだと思います。
アドリブの入る隙が無い、言いそうなアドリブがすでに全部含まれた、そんな原稿こそ完成版でしょう。
それを何度も黙読・音読・暗唱し、何度も修正し、一字一句たがわずに諳んじられるようにするのがゴール。
ひとたび完全に自分のモノにしたら、逆説的ですが、もう原稿など忘れても構わないのです。

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メール冒頭の挨拶文が嫌い
- 2024/02/07(Wed) -
「このたび貴院のお取組みを拝見し、大変興味をもったため、ご連絡させていただきました」
そのように記載されたメールが、先日ある出版社から届きました。

提案の趣旨はともかく、私はメールの文言が気に入らない。その冒頭は、次の記述で始まっていました。
「平素より大変お世話になっております。○○社の○○と申します」

私はその出版社には何もお世話した覚えはありません。なのに「平素より大変お世話になっております」だと。
単なる挨拶言葉なのでしょうけど、事実に反する内容の文章を平気で書いてくるとは、どういう神経なのか。
そのような挨拶文を目にすると、かえって不愉快な気分になるのは私だけでしょうか。

ところが、NHK放送文化研究所が昨年行った「日本語のゆれに関する調査」では、
それほどお世話になっていない人に対して,メールの冒頭で「お世話になっております」と書くことに対し、
「おかしなことだと思う」26.9%、「おかしなことだと思わない」69.2%

つまり、形骸化した挨拶言葉を容認する人が大多数なんですね。単なる枕詞程度の位置づけなのでしょう。
私のように、いきなり本文からメールを書くような人間は、失礼なヤツと思われるのでしょうか。

でもビジネスメールは、グダグダ挨拶を書き連ねるより、用件をスパッと書いた方が良いと私は思っています。
なので最近は、最小限の文言だけを伝えたいメールの場合、件名にその文言を書いて済ませたりしています。
間違ってますかね。

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「隗より始め」てみたけれど
- 2024/01/29(Mon) -
自民党の派閥が政治資金パーティー収入の一部を裏金化した問題が、ずっと尾を引いています。
多くの派閥が解消を決める中で、その先陣を切ったのが、岸田首相でした。

岸田氏はこのことを「岸田派のけじめとして、『隗より始めよ』で対応した」と述べています。
また、メディアはこの決断を「『乾坤一擲(けんこんいってき)』の勝負に出た」などと表現しています。

この2つの「故事成語」は私の好きな言葉ですが、だからこそ、これらの使い方には違和感があります。

「隗より始めよ」は通常、「手近なところから始めよ」とか「言いだした者から始めよ」の意味で使われます。
岸田氏も当然、そのつもりで言ったのでしょう。ですが、中国古典の好きな私には、しっくりきません。

前にも書いたように、本来は「取るに足らない人間である私(=隗)を採用してみよ」という意味ですよね。
私にはこの「隗」という人物の、壮大な策略が目に浮かびます。
なので岸田氏が、自分の派閥を卑下して真っ先に解消して見せたとすれば、これはなかなかの策略家ですね。

「乾坤一擲」は、「さいころを投げて自分の運命をかけるような大勝負に出ること」の意味です。
今回の岸田氏の決断が、そんな「いちかばちか」の勝負だとは思えません。それなりの勝算があったはずです。

でもその結果、いまは一見混沌としていますが、最終的には、中途半端な結末を迎えそうな気がします。
本気で自民党をひっくり返すぐらいの「いちかばちか」は、岸田氏にはちょっと無理っぽいですね。

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「違和感を感じる」
- 2024/01/27(Sat) -
NHKのサイトに最近、「違和感を感じる」という言い方はおかしいのか、というテーマの文章がありました。

この議論の結論だけ紹介するなら、著者は「違和感を感じる」を許容する考えを支持していました。
「感」という字が重複しているが、「違和感」の「感」と「感じる」の「感」は意味が違うという理由です。
微妙な違いですが、確かに私も「頭痛が痛い」とか「馬から落馬する」ほどの「重複感」は無い気もします。

ミニカルテ等の患者向けの文書で、「違和感を覚えた際には...」などと書くことはあまりないですね。
「覚える」という言葉は通常は「記憶する」の意味で使うので、日常的な表現の中で使うには抵抗があります。

「違和感を感じる」は確かに少し「くどい」ですが、「覚える」よりはすんなり伝わるような気がするのです。

当ブログでも、私は「違和感を覚える」ではなく「違和感を感じる」を何度も使ってきました。
その使用頻度を数えると、「覚える」3回に対して「感じる」30回と、思いのほか「覚える」を嫌ってますね。

なお、できれば「違和感を感じる」も避けたくて、最も多く使っていたのは「違和感がある」でした(50回)。

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『東京都同情塔』
- 2024/01/19(Fri) -
九段理江さんの芥川賞受賞作『東京都同情塔』を、Kindle版で一気読みしました。
例によって、なるべくネタバレしないように感想を書いてみます。

主人公は、犯罪者が快適に暮らすための収容施設「シンパシータワートーキョー」を設計した建築家の女性。
設定のユニークさもさることながら、私が面白いと思ったのは「言葉」に対するこだわりでした。

「文書生成AIを駆使して書いた小説で、全体の5%くらいは生成AIの文章をそのまま使っているところがある」

受賞会見でのこの発言が議論を呼んでいますが、これは九段氏の目論見通りのことでしょう。
生成AIで作った文章を、あえて使うという実験的手法なのであって、批判されるような使い方ではありません。

「生成AI vs 人間」は、今後の文学には避けられないテーマとなるでしょうから、本作が先鞭をつけた形です。

さてこの先、小説と生成AIは、どのように共存共栄していけるのでしょうね。
生成AIで小説を書くことをテーマにした小説も出てきそうです。たとえば、こんなのはどうでしょう。

・生成AIで書いた小説でデビューした小説家が、自責の念に駆られながら2作目も生成AIで書いてしまい...
・人気小説家がスランプに陥り、ついにこっそり生成AI に手を出したら、大ヒット作ができてしまったが...
・生成AI小説が氾濫してきたので「生成AI文学賞」が創設された。ところが第1回の応募作を見たら...

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閑話休題
- 2024/01/13(Sat) -
「ちなみになんですけど、解熱剤っていただけますか」
このような言い方をする患者さんが多くて、そこまで回りくどく控えめに尋ねなくてもいいのにと思います。
最近の方は、「ちなみに」を「ついでに」程度の意味で使ってるんでしょうかね。意味は通じますけど。

「閑話休題」という表現も、たまに誤用を目にしますが、そう言う私も学生の頃までは勘違いしていました。
「難しい話はさておき、ちょっと息抜きしましょう」みたいな意味かと思っていました。

正しくは、本筋からはずれていたムダ話(=閑話)をやめるときに使う「余談はさておき」の意味ですよね。
「いかんわ!(い『閑話』!)『休』憩はこれまでにして本『題』に戻ろう!」的な。

その意味でいうと、私のブログには、3行ごとに『閑話休題』と書かなければなりません。
しかも閑話に続く閑話、かんわかんわで青田赤道ですか。(それは、ちょんわちょんわ←古い)
それどころか、本題と言える内容が何もない「オール閑話」の回もあるかもしれません。今回もたぶん、そう。

しかし『閑話』の意味を辞書で引くと、(1)心静かに話すこと、(2)むだばなし、とあります。
まさに当ブログはいつもだいたいそんな感じで、毒にも薬にもならないむだ話を、心静かに書いております。

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「さすまた」を振り回す使い方も、ある
- 2023/11/28(Tue) -
貴金属店に押し入った強盗を、猪八戒似の(失礼)ガードマンが刺股(さすまた)で撃退した拍手喝采な事件。

刺股をあのように振り回す使い方があるのかと、しかも実際効果抜群じゃないかと、映像を見て驚きました。

たしかに刺股は本来、「刺す」「股状の」器具であって、おもに首などを壁側に抑え込む使い方ですよね。
しかも、複数の刺股で同時に別々の角度から刺して抑え込んでこそ、威力を発揮するモノだとされています。

ひとつだけを「刺し出す」と、その股状の部分を相手に両手で掴まれたら、容易に奪われてしまいそうです。
そうなると、その相手に本来の持ち手の棒状の部分で突かれたら、形勢は完全に逆転してしまいます。

だからこそガードマンは、相手に股を持たせないために激しく振り回したのかと、そう考えると腑に落ちます。
まあなんにせよ体格の良い方ですから、刺股でなくてもそれこそ猿股でも、武器にできそうな勢いでしたね。

「刺股」と聞くたびに、昔教科書で読んだ、魯迅の『故郷』を思い出す人もいるでしょう。私もその1人です。
「チャー」を捕まえるときの武器が刺股。チャーとは、ミュージシャンじゃなくて、西瓜を食べる獣ですね。
そして、チャーと同時にに思い出すのが、「ヤンおばさん」ということになります。

懐かしくなって青空文庫で読んで驚きました。「刺股」も「チャー」も「ヤンおばさん」も出てこないのです。
それぞれ、「叉棒(さすぼう)」「土竜(もぐら)」「楊二嫂(ようにそう)」。なにそれ。もうガッカリ。

と思っていたら、さきほどの井上紅梅の訳ではなく、佐藤春夫の翻訳版もありました。
こちらには「刺又」「チャー」「楊小母さん(ヤンおばさん)」が出てきました。これですよ教科書のやつは。

翻訳者の言葉の使い方・選び方って、こうも違うんですね。
井上版で習っていたら、これほどまでに私の記憶に残る小説ではなかったかもしれません。

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鼻に執着する花
- 2023/11/08(Wed) -
「鼻水が出る」という意味で「鼻が出る」なんて言いますよね。
この場合、厳密には「洟が出る」という字で書くべきかもしれませんが、日常的には「鼻」を使ってます。
まあどっちみち、しゃべるときは同じ「ハナ」ですけど。

「ハナ」と読む漢字では、「花」「華」「英」は同語源、また「鼻」「洟」と「端」も同語源のようです。
花と華の違いとか鼻と洟の違いを調べると興味深いですが、受け売りばかり書きたくないので割愛します。 

「花ちゃん」と言えば、当ブログではわが家の愛犬のことを指します。「ハナ」じゃなくて漢字の「花」です。
まあどっちみち、しゃべるときは「ハナチャン」です。

花ちゃんに「モフモフ」したモノを与えると、食らいついてなかなか離(ハナ)してくれません。
口から無理矢理引っ張り抜こうをすると、歯茎と目ん玉をむき出しにして、余計に強く噛んで抵抗します。
ダスキンモップが最悪で、引っ張り上げると花ちゃんがモップにぶら下がってしまうほどです。

花ちゃんはぬいぐるみも好物です。とくにその「鼻」に対する執着が強く、どうしても食いちぎろうとします。
わが家のアンパンマンはすでに、鼻をもがれて間抜け顔になっています。なのに目は笑っているので哀れです。
クマのぬいぐるみは、固く縫い付けてあった鼻が無理矢理かじり取られ、醜悪怪奇な顔貌に成り果てています。

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「クマ」にイライラする日々
- 2023/11/06(Mon) -
「クマ被害」が毎日のように報じられます。今日のNHK「クロ現代」のテーマも、クマ被害の対策でした。
これを見ていて私はしかし、出演者の「クマ」のアクセントが気になって、内容が入って来ませんでした。

桑子キャスターは、NHKの標準アクセントに従い、「池」や「島」と同じ、「尾高型」アクセントでした。
一方でゲストの東京農大教授(小池伸介氏)は、「船」や「猿」と同様の、「頭高型」で一貫していました。

NHKに限らず、メディアで耳にするのは、尾高型。とくにNHKは、このルールを厳密に守っています。
でも私は頭高型です。尾高型は何度聞いても慣れません。すごくイライラします。

この件は3年前にも書いたことがあり、つまり私は年がら年中「クマ」にイライラしているのです。

ところが最近、そのNHKで青井アナがコメント中にクマを頭高型で言ったのを、私は聞き逃しませんでした。
つまり青井アナは、多分個人的には頭高型なのです。NHKの規則で、尾高型に矯正(強制)されているのです。

私には納得しかねますが、伝統的には尾高型が正しく、最近は頭高型も市民権を得つつあるのだといいます。
例の「NHK日本語発音アクセント新辞典」では、ようやく頭高型も認める記載が入ったばかりです。

このように、2拍和語で尾高型から頭高型に変化しつつある語には、ほかに「さじ」とか「父」があるとか。
あー、私はまだ伝統的(尾高型)かな。

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「豚汁」は「ぶたじる」か「とんじる」か
- 2023/08/16(Wed) -
「豚カツ」が、わが家の食卓に上るとき、ほぼ必ず「豚汁」が添えられます。以前からそういう流儀なのです。

その「豚汁」のことを、東京などでは「とんじる」と言うようですが、わが家では昔から「ぶたじる」です。

「とん」は「豚」の音読みで「ぶた」は訓読みですが、「汁」の音読みは「じゅう」で「しる」は訓読みです。
したがって、「ぶたじる」は訓読みですが、「とんじる」と読んでしまうと「重箱読み」になります。

昔は全国的に「ぶたじる」だったそうですが、NHKの塩田氏によると、東京から「とんじる」が始まったとか。
2000年の調査では、北海道を除く東日本が「とんじる」、それ以外が「ぶたじる」という分布でした。
しかし「とんじる」の勢力範囲は年々拡大し、その後は近畿地方も「とんじる」に寝返っています。

こうして、テレビ等による東京からの情報発信力の強さによって、全国に「東京方言」が広がっていくのです。
いまや「ぶたじる」は、九州北部と北海道と鳥取に局在した、マイナーな読み方になってしまったようです。

九州はともかく、北海道と鳥取に共通する読み方と聞くと、松本清張の『砂の器』を思い出してしまいます。
あの映画では、東北地方と出雲地方に共通する「ズーズー弁」が、重要な鍵となりました。
それが「かめだ」ではなく「とんじる」だったとしたら、丹波哲郎と森田健作は鳥取砂丘を歩いたはずです。

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医者は字がきたない(例外あり)
- 2023/08/06(Sun) -
字の書き間違いについて昨日書いたばかりですが、そこからのスピンオフということで。

子どもの頃、お腹をこわしたりして小児科に行くたびに、私の興味はお医者さんの書くカルテでした。
先生が万年筆でカルテにミミズのような文字を書き殴っていたのを、子どもの頃に何度も目撃しました。
それが日本語なのか英語なのか区別が付かず、もしかするとドイツ語なのかと思ったりもしました。

昔から、医者は字がきたないということになっています。(美しい字を書く先生もいらっしゃいます)

その理由として、医者は自分のしゃべる速度で文字を書きたがる、という説があります。
たしかに私もそうです。思考の流れを妨げたくないので、黙読の速さで文章を書いてしまいます。

一文字ずつ丁寧に書くことなどあり得ず、画数の多い漢字がとくに乱れます。ひらがなですら変形します。
もともと悪筆なのが、速記によってさらに酷いミミズ文字になり、おそらく書いた私にしか読めなくなります。
どうかすると私自身にも読めないことがあり、「解読」するのに時間がかかったり、ついに諦めたりもします。

電子カルテの登場によって医師がカルテを手書きしなくなったのは、つい最近のことです。
カルテ本文も点滴指示書も処方箋も紹介状もみな、キーボードとマウスで「書き上げる」ことができます。

しかしそのおかげで、たまに手書きしなければならない書類に出くわすと、酷いことになります。

漢字を忘れているとか、書き間違うというレベルの話だけではありません。
筆記作業に使う手や上肢の筋肉群が退化しているので、筆圧が上手に調節できないし、すぐ疲れるのです。
おそらく脳の筆記中枢も退化していますから、ボールペン先が意図した方向に進みません。
このように、電子カルテ時代になってむしろ、手書き文字がますます汚く醜くなってしまったのです。

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漢字を間違える
- 2023/08/05(Sat) -
公的な手書き文書で、漢字を書き間違えるという失態をやらかしてしまいました。
病名を「脂質異常症」と書くべきところ、「質」の字の下半分が「算」の下半分になってしまったんですね。

多分このままでも意味は通じるはず。まさか、この病名は何かと問い合わせてくる意地悪はいないでしょう。
ですが、このへなちょこ漢字をそのままにしておくのは、さすがの私でもハズい。

しかし、修正テープを使って公文書の過誤を隠蔽するのは間違っています。私の主義にも反します。
かと言って、2本線を引いて修正して修正印を押せば、私の間違いを強調するようなもの。それも避けたい。

私が試みたのは、「目」の部分を大きく上から書き直し、「升」みたいな部分を潰してしまうという力業。
その結果、私のミスは目立たなくなりましたが、漢字の下半分がグチャグチャになってしまいました。

字を手書きすることが減ったせいでしょうか、漢字を忘れてるし、書いても間違えることが増えました。
完全に忘れてしまった漢字は、パソコン上で表示させてから、それ見ながら手書きしています。
問題は、難しくもない小学生レベルの漢字を、書いてる途中で急に書けなくなることです。

「鉄欠乏性貧血」と書いているとき、「鉄」の右側が「失」か「矢」か、急に自信がなくなることがあります。
パソコンで調べるのもシャクなので、「矢」の上がちょっとだけ出たような微妙な字でごまかしたりします。
「貧血」の「貧」と「貪食」の「貪」も、ときどき急にどっちか分からなくなります。
しょうがないので、字の上の部分を「分」とも「今」とも読めるように汚く書いてごまかしたりします。
こういうとき、日頃から字が汚いことが役に立ちます。

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『ハンチバック』読後感
- 2023/07/19(Wed) -
芥川賞には、市川沙央(いちかわさおう)さんの『ハンチバック』が選ばれました。
その一報を聞いて、いつものように受賞作を読んでみました。(以下、ネタバレがあります)

普通ならKindle版で読むところですが、今日はちょっと疲れていたので「Audible版」で聞きました。
しかもデフォルトで1時間51分かかるところを、1.2倍速にして1時間32分で「読了(聴了?)」しました。
1.5倍とか2倍とか、最大で3.5倍まで設定できますが、さすがに聞けたモノではありません。

「ハンチバック」とは「せむし」のことですね。用語として微妙です。
主人公も、そして著者の市川氏も、ともに人工呼吸器を装着して生活してる重度障害者なんですね。

能力的にも倫理的にも生理的にも、健常者にはとても書けない小説だと感じました。
ままならぬ体で生きる心情が赤裸々に描かれていますが、残念ながら私の好む小説ではありませんでした。
でも文學界新人賞とか芥川賞は、こういうやや実験的で挑戦的な小説が好きなのでしょうね。

PCR陽性とか濃厚接触とかの言葉が普通に出てくるところだけが、私には現実的で安心できる部分でした。
ちょっとこれ以上、感想が膨らみません。すみません。

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神代もきかず竜田川
- 2023/07/05(Wed) -
奈良県生駒市を流れる竜田川の水が、緑色に変色しているのが見つかったというニュース。
その色はまるで、わが家の入浴剤「バスクリン薬用きき湯 FINE HEAT レモングラスの香り」にそっくりです。

川がこんなに鮮やかな蛍光色に染まるとは、「神代もきかず」という表現がまさにピッタリの珍現象ですね。

「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からきみどりに 水くくるとは」(鶴原業平朝臣)
(珍しいことが色々あったという)神代にも聞いたことがない。竜田川が川水を真緑に絞り染めにするとは。

どうやら川の緑色の成分は、入浴剤に使われる「フルオレセインナトリウム」という物質だと判明しました。
で、件のバスクリンの成分表を見たら、「黄色202」という色素が入っています。これがそうらしいですね。
誰かがバスクリンを大量に川に流したのでしょうか。

竜田川の場所をGoogleマップで見たら周辺には「龍田」という地名があり、熊本の龍田地区と似た状況です。
熊本の場合、山は「立田山」で、駅は「竜田口」で、学校は「龍田小」ですが、当然みな同根でしょう。
まだ文字の無かった時代から、その地域には「たつだ(たつた)」という呼称があったのだろうと推測します。

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詐欺サイトの日本語はなぜ変なのか
- 2023/06/10(Sat) -
詐欺メールや詐欺サイトに気をつけましょう、その見分け方は「日本語」です、などと言われています。
日本語がちゃんとしてたら詐欺じゃない、と聞こえるのは問題ですが、たしかにチェックポイントですね。

「ChatGPT」に、詐欺サイトの日本語はなぜ変なのかと尋ねてみたら、次のような予想通りの回答でした。
(1)外国人が運営している、(2)自動翻訳ソフトを使っている、(3)彼らの日本語スキルは不十分

詐欺サイトの日本語って、概して「中華風」な香りがしますよね。
小学生でもやらない句読点の打ち方とか、突然現れる敬語とか、日本人にはマネできない表現を目にします。
前から言ってるように、彼ら(誰?)が改善すべき点は、日本語ネイティブを校閲者に雇うことでしょう。

そこで試しに、次の文をいろんな翻訳サイトで中国語に翻訳し、それをさらに日本語に再翻訳してみました。

元の文:
詐欺サイトの日本語って、小学生でもやらない句読点の打ち方とかするし、校閲なんてしてないんでしょうね。

【Google翻訳】
日本人は詐欺サイトで小学生でも使わないような句読点を使うし、校正もしないだろう。

【みらい翻訳】
詐欺サイトの日本語は、小学生でもやらない句読点の入力方法であり、チェックはしない。

【DeepL翻訳】
詐欺サイトの日本語の句読点は小学生にも通用しないし、校正もしてないんだろうな。

【weblio翻訳】
ウェブサイトに詐欺を働く日本語と研究しない句読点の法はさらには小学生を掠って、校閲しなくしましょう。

面白さから言えば、weblioの圧勝です。

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早起きは三文の徳
- 2023/05/24(Wed) -
枕元の目覚まし時計は5時45分にセットしてますが、2回スヌーズするので、実際に起きるのは5時55分です。

「ピピピッ」とアラームが鳴ると、瞬間的にスヌーズボタンを押し、たぶん即座に寝入ってしまいます。
スヌーズのとき、私はたいてい夢を見ます。2回連続のスヌーズなので、夢の内容はしばしば続き物です。

その2話を終わらせる5時55分のアラームが鳴ると、こんどは急に覚醒度が増し、スッと起き上がります。
この急速な覚醒–起床過程は、「速起き」と書きたくなるぐらいの、私の得意(特異)な体質によるものです。
昔、勤務医時代に、病棟や救急病院の当直をしていた長年の経験の中で、培われたものかもしれません。

「速起き」だけでなく、私は比較的「早起き」でもあります。早く起きてリッチな朝を過ごしたいのです。
一般に、「早い」は時刻、「速い」は速度、についての表現だとされていますが、意外と例外がありますね。

「早食い早糞は男子の一芸」なんていう、あまり上品ではないことわざがあります。
飲食と排便のスピードが速いことを言っているのに、「早」の字を例外的に使っています。「早口」も同様。
江戸時代には「速」を「はやい」と読むことはなかったそうなので、その時代からの言葉なのでしょう。

そういえば私は、毎朝起床直後に便意を催します。これも特異体質かもしれません。
なので起床後の最初のトイレで、小と大を同時に済ませてしまいます。これが本来の「早糞」でしょうか。

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「話の腰をもむ」
- 2023/05/17(Wed) -
毎日数十人もの「健康に何らかの不安などがある方」と、短時間の面談をしています。つまり、対面診療です。
「体調良好」とか「経過順調」で済むような方も多いですが、それでも、話が長いか短いかは別問題です。

多くの情報を語っていただける方(よくしゃべる方)からは、内容を取捨選択しながら、聞き役に徹します。
それでなお情報が不足するなら、少し質問をします。するとまた、さらに多くの情報を語っていただけます。
一方で寡黙な方には、お困りの概略を尋ねつつ、徐々に掘り下げて聞き込んでいくことになります。

診療ではなく一般の会話では、その場で誰が何の事柄について話し始めたか、私はそれを大切にしています。
以前、SNSでの会話について書いたことがありますが、対面での会話ならなおさらのことです。

「コロナどうなるかねぇ」に対して、「それよりマイナ保険証ってどうなん?」と話題を変えるのは論外です。
「昨日、鶴屋で有名人見たよ!」という発言に、「私はけっこうよく見かけるよ」とマウントとるのもNG。

何よりも、話の腰を折らないことが、聞き手として守るべきいちばん大事なルールだと、私は思っています。
興味津々な相づちを打ち、ときに驚嘆し、あるいは落胆して見せ、話し手には存分に話させてあげましょう。
そして話がこなれてきた頃を見計らって、「そういえば私も」と自分の話を切り出すのが奥ゆかしいのです。

以前の私は、自己中な誰かに自分の話の腰を折られても、それをそのまま許容してしまう腰砕けな性格でした。
ですが年と共に図太くなり、最近は腰を折られてもひるまず、頑固に自分の話を続けられるようになりました。
こうして最悪の場合、自己中と頑固者がそれぞれの話を続けて平行線をたどったりします。

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ブログ更新連続11年
- 2023/04/15(Sat) -
いわゆる「間の日」の今日、当ブログは連続投稿11年に到達。1日も欠かさず、11年間書き続けてきました。

もっと長期のブログも多数あると思いますが、写真無し文章のみの連続記録は、案外珍しいかもしれません。
誰かが新たに私の記録を追い抜こうとしても、私が書き続けている限りは誰にも抜くことはできません。
とは言え、当ブログもいつかは途切れることになるでしょう。その原因として想定されるのは、

(1)健康上の理由(病気、外傷、錯乱、昏睡、死亡など)
(2)技術的障害(Macの故障、通信障害、投稿サイトのシステム障害など)
(3)投稿不可能(拉致・監禁、天変地異、ミサイル直撃、日本沈没など)
(4)うっかり忘れ
(5)気力の喪失
(6)覚悟の上でのブログ終了

あり得るのは(2)で、怖いのは(4)です。いちばん正しい終わり方は(6)なのかもしれません。
そのためには、説得力のある理由を説明し、前もって終了日を告知する、いわゆる「出口戦略」が必要です。
たとえば、75歳になったらやめるとか(オイ、そこまでやるのか)。
なだいなだ氏の最終投稿は、亡くなったその日でした。そう考えると、(5)や(6)なんて甘いですかね。

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「オヤジギャグ」その場限り
- 2023/02/22(Wed) -
日頃、診療の合間などに、たまに「オヤジギャグ」を言うことがあります。オヤジなので。
聞き手からはさまざまな反応がありますが、大別すると次の3パターンになるでしょうか。

(1)「面白い!」
逆に辛いです。「ほめ殺し」です。どうかご容赦願います。
でも本心からの言葉なら、これはもう「天使的」対応ですね。オヤジ冥利に尽きます。

(2)「つまらん」
正しい態度です。なんならため息をつき、眉もひそめてください。
「つまらん。お前の話はつまらん」とフルコーラスで言ってもらえると、完璧です。

(3)「あ、もう一度お願いします」
いちばん辛くて恥ずかしい仕打ちです。真面目に聞き直さないでください。
オヤジギャグというのは「勢い」で言ってます。その場限りなのです。聞き取れなかったら、それまでです。

Wikipediaが「オヤジギャグ」について辛辣に解説している中で、次の記載を見つけました。

「思春期以前の特に男児はオヤジギャグを過剰なまでに好む傾向がある」

そう。ヒネリ皆無のベタなダジャレは、男の子が大好きなんですね。オヤジの脳って少年返りしてるのかも。

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言語道断な発言は、失言にあらず
- 2023/02/07(Tue) -
首相秘書官が、性的少数者や同性婚カップルを差別する発言をしたために、更迭されました。
このような発言は、その人の「本音」や「本性」が露呈したものであり、「失言」では済まされません。

「言語道断だ」と岸田首相は斬り捨て、報道番組の出演者もみな、苦々しい顔をして同じ言葉を使います。

そんな中、今朝のモーニングショーでパックンが「げんごどうだん」と言ったのを私は聞き逃しませんでした。
パックンって、英語はともかく、日本語はまだ私の方が上かもしれませんね。

「言語道断」は、本来は仏教語なので、前にも書いたように漢字の読みは「呉音」。「言」は「ごん」です。
いや最近は「げん」も許容されるのかも、と思って調べてみましたが、そんな「揺れ」は起きてないようです。

先程のパックンに続いて玉川氏が発言。あえてまた「言語道断(ごんごどうだん)」という言葉を使いました。
わざわざ正しい読み方で言ってみせたのは、パックンに、そっと誤りを気付かせる配慮だったのでしょうか。

でもそれに気づいたパックンは、もしかすると、顔から火が出るほど恥ずかしい思いだったかもしれません。
そう考えると、番組中では誤りを指摘せず、放送後にこっそり教えてあげるのが最上の策ではなかったのか。
いや、もしかすると玉川氏は、マウントを取ろうとして、あえて生放送中にそのような指摘をしたのかも。

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ビル・ゲイツ氏の「読書ルール」
- 2023/01/04(Wed) -
「天才ビル・ゲイツに学ぶ 読書を“血肉”にするための5つのルール」という記事を読みました。

(1)電子書籍ではなく、紙の本を読むこと
ゲイツ氏は、読書中にひらめいたアイデアを、本の余白にメモるそうで、それが紙の本のメリットだとか。
メモのほか、マーカーを引いたり、ページの隅を折ったりする人もいますが、ちょっとマネできませんね。
ざっと読んで情報を拾うのがネット、汚さず大切に読みたいのが書籍、という棲み分けが私にはあるからです。

(2)いったん読み始めた本は最後まで読み切ること
あらかじめ丁寧にリサーチし、最後まで読む価値があると思える本を選ぶそうですが、私とは真逆ですね。
書評やネット記事で目にした本を、私は即座にポチるので、自宅に届いた頃には興味が半分は失せています。
また、読み進むうちに最後まで読む価値があるかどうかがわかるのであり、買う前に予測など私には無理。

(3)読書をする際は、まとまった時間を取って集中すること
読書のために、少なくとも 1 時間は中断のない時間を確保すべきだとゲイツ氏は言います。
彼は忙しいからせいぜい1時間なのでしょう。私は半日ぐらい暇がないと、ゆっくり読書する気になりません。
一方で、旅先でスキマ時間に本を読むという、妙に格好を付けた行為自体は好きです。

(4)関心が強いテーマは複数の本を読むこと
たしかに私も時々やります。ある本を買うとき、同じ分野や同じ著者の本をついでに買ってしまいがち。
でもその3,4冊が手元に届くと私の物欲はすっかり満たされ、どの1冊をも読まない可能性すらあります。
たまに大型書店に行くと、テーマこそばらばらですが何冊も大人買いしてしまい、積ん読まっしぐらです。

(5)本を読んで考えたことをアウトプットすること
ゲイツ氏はブログで多くの本の書評を執筆しているそうで、最初から書評を書くつもりで読むのでしょう。
この考えは理解できます。私もたとえば芥川賞受賞作などは、そのような気合いで真面目に読みます。
書評というほどではないにしても、当ブログでネタにするつもりで読むだけでも、けっこう疲れます。

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政治家は曖昧な表現を好む
- 2022/12/10(Sat) -
「いま、国際情勢は、不安定化、流動化しています」
岸田首相は今夜の記者会見で、防衛力強化の必要性を説くための前提として、冒頭のように述べました。

「いま、国際情勢は、不安定で流動的です」
このように言った方が日本語としてはこなれていますが、敢えて堅苦しい表現を使いたがるのが政治家です。

「不安定に向かっている」という意味での「不安定化」なら、現時点ではまだ安定しているのでしょうか。
いやおそらくは、「すでに不安定だが、ますます不安定になっている」の意味なのでしょう。

「流動化」にしたって、「いまから流動的になる」ではなく「ますます流動的になる」という意味のはず。

政治家は何にでも「化」を付けたがります。
前にも書いたように、「加速する」と言わずに「加速化する」と言うのがいい例です。
「加速する」=「速度が増す」であるならば、「加速化する」=「加速度が増す」と考えるべきです。
つまり、実際に加速するかどうかではなく、今後加速する方向であるという間接的な表現なのです。

「化」をつけることで、何もかもが具体性や確実性を欠き、「前向きに善処」と同じ精神論になります。
言葉尻を曖昧にして言質を取られないような発言をするのは、政治家の性(さが)なのでしょう。

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詐欺グループの日本語は、いつまでたっても完成度が低い
- 2022/11/14(Mon) -
「ETCパーソナルカードWebサービス」から、「ETCに支払情報が変更」という件名のメールが届きました。
これはありがたい。おかげで今日のブログネタができました。

「ETCに支払情報が変更」
中華風な香りがしますね。続いて、どのような本文が待ち受けているのでしょうか、見ていきましょう。

「今日、ETCに支払情報が変更されたことが発見しました」
冒頭からいきなり違和感炸裂です。そうですか、発見しましたか。にしても「が」が多いね。

「お早めに当社までご連絡くださいませ、ご容赦のほど宜しくお願い致します。」
バカ丁寧なところには好感が持てますが、句読点の付け方がへたくそ。

「お忙しい中お邪魔して申し訳ませんでした」
惜しい、「あり」がない。いや、「オハヨゴザマス」的な今風の表現なのか、「モウシワケマセン」。

「ご本人認証下記携帯電話でQRコードをスキャンする確認ください」
もうちっと、ちゃんと書けや。騙す気あるの?

前から言ってますけど、日本語ネイティブの校閲者を雇うか外注した方がいいですよ、詐欺グループの方。

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「接種します」の主語は何(誰)?
- 2022/11/10(Thu) -
ワクチンを「接種する」と言いますけど、(1)一般の方と(2)医療従事者とでは、意味合いが真逆ですね。

(1)「明日、家族みんなでインフルエンザワクチンを接種します」
(2)「明日、約100人にインフルエンザワクチンを接種します」

動詞「接種する」には、(1)「接種を受ける」、(2)「接種操作を行う」の2つの意味があるわけです。
これらの主体(主語)を通常、(1)は被接種者(2)を接種者と言うので、(2)が正しい用法なのでしょう。

「接種する」は他動詞であり、被接種者としては「接種される」と受動態で使うのが本則かもしれません。
でも、「明日、家族みんなでインフルエンザワクチンを接種されます」とは言わないですねぇ。
いや、「昨日接種されたワクチンはめっさ痛かった」と、受け身のニュアンスを出したいときには使いますか。

似たような動詞に「手術する」があります。「胃を手術します」は、医者だけでなく患者も使います。
患者としては本来「手術される」はずなのに、自分の体をいわば客観視して「手術する」と表現するわけです。

「来週接種しましょうね」などと私も日常的に言ってますが、よく考えたらその主語は曖昧です。
このような、主語が自分でも相手でも同じ意味で使える動詞って、日本語特有かもしれませんね。

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「ウェストミンスター宮殿」
- 2022/09/17(Sat) -
エリザベス女王の弔問に訪れる市民の列が途切れず、その予想待ち時間は一時、24時間を超えたとのこと。
英国民の思いは、比較するのは酷でしょうけど、我が国で行われる予定の国葬とはずいぶんレベルが違います。

女王が亡くなって巻き起こったのが、「『女王』は『じょおう』なのか『じょうおう』なのか問題」です。
もちろん前者が本則だとはわかってますが、それでも実際の発音は後者が多いんじゃないかというわけです。

Facebookでこの話題が出たとき、私は次の様にコメントをしました。

「エリザベス女王」と言うときは「じょおう」のこともありますが、「女王陛下」のときは必ず「じょうおう」になってますね、私の場合。
「天皇」とか「皇后」とか「国王」は4拍(4または3音節)で発音してるので、「女王」もそれと同じように「じょうおう」または「じょうおー」と発音した方が、重厚感があってシックリくる気がします。
(もしかすると実際には「じょーおー」と言ってるかもしれませんが)

で、いま私が気になってるのは、エリザベス女王の棺が置かれ、弔問者が訪れている宮殿の読み方です。
メディアの表記と発音は「ウェストミンスター」ですが、「ウエスト」と発音するキャスターもいます

NHKは7年前に、「wo」発音の外来語の発音と表記の原則を、「ウオ」から「ウォ」に変更しました。
これによって「ウオッチ」が「ウォッチ」に、「ウオッカ」が「ウォッカ」になった話は前に書いた通りです。
その際に、「wi」「we」音については、「ウイ」「ウエ」が原則とされました。

ならば「ウエストミンスター」であるはずなのですが、いつのまにか原則が変わったんでしょうかね。
でも私は「ウエスト」派。NHKでも時々「ウエスト」を耳にします。まだ「ウエ」→「ウェ」の過渡期なのか。

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「0日目」という表現がムカつく
- 2022/08/25(Thu) -
「自宅療養期間は発症日を0日目として、10日間です」

「10日間」といいながら、じつはトータル「11日間」です。お役所の表現は、わかりにくい。
「自宅療養期間は発症した日の10日後までです」って言えばいいのに、といつも思う。

「前後に他の予防接種を行う場合においては、原則として13日以上の間隔をおくこと」

コロナと他のワクチンの接種は「2週間以上あける」ルールですが、お役所言葉だと「13日以上」となります。
これも考え方は同じ。お役所は「中に挟まる日数」を言うので、普通に数える庶民感覚とはずれています。

「微熱が2日目まで出ました」「2日目まで痛かった」

新型コロナワクチンの接種後の経過を患者さんに尋ねると、こんな返答をよく聞きます。
この場合の「2日目」は接種の翌日を意味します。一般の方は、接種した当日を「1日目」と表現するようです。
実はこれ、私にはわずかに違和感があるので、「接種日」とか「翌日」という言葉を使うようにしています。
「0日目」という言葉だけは、絶対使いたくないですね。お役所はこの言葉を撤廃してほしい。

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防府に日本三大天神
- 2022/08/04(Thu) -
昨日のブログの「白紙に戻そう検討使」の意味が分からん、という方がいらっしゃったので、念のため説明。
「遣唐使」を停止した年(西暦894年)の覚え方(語呂合わせ)ですね。元受験生ならきっと知ってるはず。

停止を決めたのは菅原道真です。後に無実の罪で大宰府に左遷されて、その怨霊が雷神になった人ですね。
流される途中で寄った松﨑(いまの山口県防府市)で、いつかこの地に住みたいと言ったそうです。
その証拠に、左遷の2年後に道真が大宰府で亡くなったその日、防府に神光が現れ瑞雲が棚引いたとか。

というわけで日本三大天神は、北野・太宰府・防府なのです。これは小学校で習いました(防府出身なので)。

「とりあえずビール」という時に、いちいち「ヌサもとりあえずビール」と言う友達が学生時代にいました。
百人一首に取り上げられている、菅原道真の歌がその由来。これもまた、受験戦争の弊害と言えるでしょう。

「このたびは 幣(ぬさ)も取りあへず 手向(たむけ)山 紅葉(もみぢ)の錦 神のまにまに」
(今度の旅は道祖神に捧げる幣も用意できませんでした。手向けの山の紅葉を捧げるので、神よ御心のままに)

「幣(ぬさ)」という読みは耳慣れませんが、字面は「紙幣」でお馴染みの漢字です。
私は高校時代に、「神のまにまに」から「紙の money, money」を連想しました。つまり紙幣です。
このことは大学時代にABBAのヒット曲「Money, Money, Money」に出会った時に、また思い出しました。

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『おいしいごはんが食べられますように』読後感
- 2022/07/20(Wed) -
芥川賞には、高瀬隼子さんの『おいしいごはんが食べられますように』が選ばれました。
今回も私が受賞を逃した理由は、前にも書いた通りです(小説を書いていないから)。

受賞作はすぐ読むのが私の流儀(礼儀?)ですから、いまKindle版で読みました(以下、ネタバレあります)。

タイトルから、WFP(国連世界食糧計画)的な視点で書かれた啓蒙書かと私は一瞬思いましたが、違います。

「人間の中の多面性がよく描かれている」と選考委員の川上弘美氏は言いますが、それほど複雑な話でもない。
小さな職場の中での人間関係の、悪く言えばどうでもいいようなことが、ただ書き綴られているだけです。
なんなら、WFPから苦情が出そうな感じの食糧描写も少し、登場します。

「ごはん」つまり食事の場面が多く描かれていますが、豪華なフレンチとか、そういう料理ではありません。
そう書くと誤解されそうですが、決して食べ物や食材にこだわった内容ではなく、主体は心理描写ですから。
女性が書いた小説なんだなぁと思わせる部分が所々にあって、そこが私には妙に新鮮でした。

誰かのトークをずっと聞いているような、ごくごく自然な文体なので、悪く言えば気合が入らない小説です。
でもちょっとだけ不穏な雰囲気もあって、それがあるから読み進めてしまいます。やっぱり不穏は大事ですね。
前回の芥川賞の『ブラックボックス』(砂川文次著)のようなスピード感はなく、歩く速さで読めます。

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「ごぼうの党」があるのなら、「サル党」があってもいい
- 2022/06/23(Thu) -
「サル痘」のニュースを聞いててずっと気になるのは、その主な症状である「発疹」の読み方です。

NHKなど、メディアはみな「はっしん」と読んでいますが、医療従事者が言うときは普通「ほっしん」です。
このように、国語辞典に出ている読み方と、医学用語としての読み方が異なる言葉は、よくあります。
例えば「腹腔」を、メディアは「ふくこう」と言いますが、医療現場では「ふっくう」です。

歴史的な観点からどちらが「元祖」なのかはともかくとして、医学用語の読み方の方が私はしっくりきます。
なぜなら、「はっしん」には同音異義語が多い一方で、「ほっしん」にはそれが比較的少ないからです。

日国を引くと、前者は「八神・発信・発振・発疹・発軫・発進・発震」、後者は「法身・発信・発心・発疹」。
とくに前者の「発信・発振・発進」は日常的によく使う言葉ですが、後者でよく使うのは「発疹」だけです。
これは「腹腔」でも同じで、その意味では、医学用語は同音異義語を嫌う傾向があるとも言えます。

「発足」とか「発端」のように、「発」を「ほつ」と読む言葉には、何か「こなれた」印象がありますね。

でも手元の「新明解第3版」では、「ほっしん」は「『はっしん』の老人語」となっていてガッカリします。
第6版からは「『はっしん』の古風な表現」に改善していますが、古風だとしても、業界標準なんですけどね。

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「鶴」も「熊」も「柿」も常用漢字だけど「栗」はちがう
- 2022/06/12(Sun) -
NHKが昨年11月に、次のような調査を行ったそうです。
「テレビの字幕スーパーとしては, どれがもっともよいと思いますか」
 a.「山で栗を拾う」
 b.「山でくりを拾う」
 c.「山でクリを拾う」

年齢層や学歴による差は少なく、約7割強の方が、漢字で書くのが良いと回答したようです。
これを踏まえてNHKの放送用語委員会は、今後は漢字の「栗」を使うことに決定する方向だと。

こんな簡単な漢字でも、常用漢字表に含まれていない漢字は原則として使わないのがNHKなのです。
お役所の作ったルールに盲従せず、メディアはわかりやすさを優先してほしいものですけどね。
そもそも、前回の改定で常用漢字表に「柿」が追加されたのに「栗」は見送られたのって、意味不明でしょう。

NHKの委員らの意見で私が気になったのは、読みやすいから漢字を使おうという、短絡的な議論です。

たしかに、「山で栗を拾う」 は読みやすいですが、もっと大事なのは漢字と仮名のバランスです。
漢字と仮名が適度に交互に並んでいるからこそ、日本語として読みやすいのです。たとえば、
 a.「昨日栗拾いをした」
 b.「昨日くり拾いをした」
 c.「昨日クリ拾いをした」
であれば、私が書くなら 「くり」か「クリ」ですね。漢字ばかり続けるよりは目に優しいからです。
漢字と仮名を使い分けて、読みやすい字面に「調整」できるのは、他の言語にはない日本語の特徴ですよね。

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「カムチャツカ半島」
- 2022/05/29(Sun) -
「カムチャツカ半島」の火山で起きた大規模噴火では、日本への津波の影響はなかったようです。

そのニュースを聞きながら私はしかし、「カムチャツカ」という発音(と表記)が気になってなりません。
ずっと「カムチャッカ(着火)」と思ってましたが、いつから「カムチャツカ(茶塚)」になったのでしょう。

戦前の日本語では、促音(小さい「ッ」)で書くべきところを、大きな「ツ」で書いていました。
たとえば、「行って」と書かずに「行つて」と書いて「イッテ」と読むような具合です。

戦後になってその表記が正された際に、本来は促音ではないのに促音になってしまった言葉があります。
それが「カムチャッカ」であり「ウオッカ」なのだと、色んなところに書いてあります。

そこで、ロシア語の原音に近い表記に修正したのが、「カムチャツカ」や「ウオツカ」なんですね。
そんなことも知りませんでしたが、しかし、日本語としては発音しにくいですね。促音の方が言い易い。

最近になって、「ウオッカ」の方が定着しているという理由で、表記・発音が「ウオッカ」に戻されました。
じゃあ「カムチャツカ」の方はどうなの。文化庁はぜひ、アンケートをとってほしいですね。

あ、でも地名については、現地の発音に近い表記に変える動きがありますよね。「キーウ」みたいに。
日本語として定着しているかどうかよりも、原音を優先するのでしょう。で「カムチャツカ」ですか。
でも、ロシア人の動画見たら「カムチャー(トゥ)カ」ですね。促音じゃないけど「カムチャツカ」でもない。

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ブログ連続10年
- 2022/04/15(Fri) -
「前震と本震の間の日」として記憶されている4月15日ですが、当ブログの連続投稿記念日でもあります。
この10年間、1日も欠かさず、毎日投稿を続けてきました。

コロナ禍でも、地震が起きても、旅先でも、締切間際なのにネタが無くても、なんとか書き続けて来ました。
面白いことを書こうとすると悩みますが、投稿を中断して後悔するのが恐ろしくて、無理くり筆を進めます。
コロナや社会問題を書くのは気が重いですが、アホな話や失敗談でも思い出せれば、その日は筆が走ります。

助けになったものを2つ挙げるなら、体調が安定していたことと、世の中のあちこちにWi-Fiがあったこと。
逆に言うなら、ネット環境が悪くて焦ったことは何度もありました。書いても投稿できないのは最悪です。
そうか。いつか連続投稿を途切れさせてしまったら、ネット環境のせいにしよう。ホントは書いてたのに、と。

ブログ以外に、ほぼ毎日、10年以上続けているものが、あと2つあります。
息してるとか、心臓動かしてる、じゃないですよ。小学生じゃあるまいし。
毎晩1株ブロッコリーを食べることと、1日1食生活。前者は11年以上、後者は16年以上続いています。
でも実は毎日じゃなくて、ブロッコリーが高い日は食卓に上らないし、昼食もたまには食べます。実は今日も。

そうそう、先日から始めた朝晩の「ぶら下がり」は、背骨の痛みが強まったので中止しました。
中止して数日したら、背骨の痛みはウソのように改善しました。なのでぶら下がり再開の予定無し。
何かを続ける場合、それを続ける価値があるかどうかはともかく、やめるなら傷の浅いうちが良いですね。

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SNSでの会話は楽しく(願望)
- 2022/04/11(Mon) -
それほど「デキ」た人間ではない私ですが、そのくせ他人の非礼や不遜な言動にはイラっとします。
ただし基本的に「シャイ」なので、声高に非難するようなこともなく、ひっそりイラつき続けるのみです。

Facebookなどでのコメントのやりとりを見ていると、「大人」な対応ができてない大人が目に付きます。
以下、自分のことはまるっと棚に上げて書きますので、そこのところは優しくご配慮の上でお読みください。

(1)我田引水な人
会話というのは、最初に言い始めた人(スレ主)の趣旨を踏まえて、穏やかに楽しく展開させるのが大人です。
自分勝手な話題にすり替え、自己中な展開に持ち込むことは、会話の乗っ取りに他なりません。大嫌いです。

(2)思いやりのない人
自分の意見を述べることは構いませんが、たとえ誰かに反論するときでも、守るべきマナーがあるでしょう。
「たしかにそれも一理あるけど」とか「その考え方も理解できるけど」みたいな「枕詞」が大切なんです。

(3)強情な人
険悪な展開になりそうだと感じたら、早めに撤退する勇気が必要です。それは負けでも勝ちでもありません。
どうしても引き下がらない人は、その人なりの根拠や自信があったとしても、傍目には見苦しいものです。

私自身、たぶん(1)(2)は大丈夫ですが、(3)は自信がありません。だから議論が嫌いなのです。

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数字で個性を出してみる
- 2022/03/29(Tue) -
保険会社の「チューリッヒ」が、ロシア支持を誤解されぬよう、企業ロゴ「Z」の使用をとりやめたとのこと。
そう聞いてすぐ同社のサイトを見たら、まだ出ています。どうやら、SNS上での使用だけ中止したようですね。
さて「Z会」はどう出るか。

「Z」の文字を書くとき、真ん中の斜めの線を横切るように、短い線を書き加えることがありますよね。
あれは「ストローク」といって、私も格好付けに書いてます。でも本来は「2」と区別するためのものですね。
いや確かに、ストローク抜きで「Z」を書いたら、よほどカクカク書かない限り、2との区別が付きません。

「D」や数字の「7」にストロークを付ける人を見かけますが、これはちょっと気取った感じが私はイヤです。
もちろんそれぞれ、本来は「O」や数字の「1」と区別しやすくするためなんでしょうけどね。

そもそも外人の書く「1」は、頭がやたらに大きく折れ曲がっていて、ほとんど「逆V」になってますからね。
これは「1」と「l (Lの小文字)」を区別するためなのでしょうけど、日本人にはあまりピンと来ません。
しかしおかげで「1」と「7」を区別する必要が生じ、「7」にストロークを付けることになったと推測します。

でも公的な文書でもなければ、わざとストローク付きで数字を書くのも個性的かなと、急に思い始めました。
数字の「4」は、横棒が縦棒の右には突き出さない書き方をすると、いかにも外人(かぶれ)風になりますね。
「2」の左下を丸くしたアヒルみたいにするとか、「3」の上を平らにして「ろ」みたいにしてもいいかも。

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ワクチンでは、「副作用」と言わずに「副反応」を使います
- 2022/03/14(Mon) -
「こないだのワクチン、どうでしたか?」
新型コロナワクチンの3回目接種後に初めて受診された方には、たいていこのような質問をしています。

「どうもなかった」という方もいれば、「高熱が出ました」「2,3日寝込みました」という方もいます。
このような「副反応」については、昨年来の周知徹底が行き届いているので、皆さんわりと冷静です。
「高熱が出ましたが、大丈夫でしょうか」と問い合わせて来る方は、滅多にいません(たまにいます)。

一般の医薬品で「副作用」と呼ぶような現象について、ワクチンでは以前から「副反応」と表現しています。

前者は薬の「薬理作用」に付随するもので、後者はワクチンの「免疫反応」に付随するものだからでしょうか。
敢えて言い換えるなら、副作用は薬の「異常作用」であり、副反応は生体の「異常反応」という解釈です。
しかしおそらくその両者には、厳密な意味での生理学・薬理学的な差はないでしょう。

以前「HPVワクチン」問題が起きたとき、副反応という言葉がごまかしのように捉えられたりしました。
「ワクチンのせいじゃなく、体の異常です」と、まるで責任逃れのように聞こえるからです。

コロナワクチンで市民権を得た「副反応」ですが、「副作用」とは言いたくないニュアンスはつねに感じます。
英語ではいずれも「side effect」であり、両者を使い分けているのは日本(語)だけだといいます。
日本人独特の婉曲表現というか、一種の本音と建て前なのかもしれませんね。

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「7年7カ月ぶり」
- 2022/02/27(Sun) -
プーチン・ロシアのウクライナ侵攻。ひどい話です。ふと、昔聞いた「しりとり歌」を思い出しました。

「スズメ、メジロ、ロシヤ、・・・」、その次は、「ヤバンコク、クロパトキン、・・・」と続きます。

国際原油相場が急騰し、その指標のひとつが7年7カ月ぶりに1バレル=100ドルを上回ったと報じられました。
お前、原油相場に興味があったのかと、驚かないでください。興味あるわけないじゃないですか。

私の興味は、NHKのアナウンサーが、「7年7カ月」を「シチネンナナカゲツ」と読んだことです。
別のニュースでも同じ。NHKでは必ず、「7年」は「シチネン」で「7カ月」は「ナナカゲツ」なのです。

調べてみると一般に、「七」の読み方は、伝統的な「シチ」から徐々に「ナナ化」が進んでいるようですね。
逆に言うなら、伝統的な言葉では「ナナ」よりも「シチ」を使うのだと。「七回忌」とか「将棋七段」とか。

それとは別に、順序を表すときは「シチ」で、数量を表すときは「ナナ」、のような原則もあるそうです。
なので7番目の月である「七月」は「シチガツ」で、期間を表す「七カ月」は「ナナカゲツ」なわけですか。
たしかに私も、「七月」を「ナナガツ」と言うのは、「シチ」と「イチ」の聞き間違いを防ぎたい時だけです。

じゃあ「七年」はなぜ「シチネン」なのか。伝統?、「ナナネン」が言い難いから?、よくわかりません。
過渡期かもしれませんが、現時点で「7年7カ月」は、「重箱読み」的に「シチネンナナカゲツ」なのです。

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「逆に」の用法
- 2022/02/06(Sun) -
「何か処方しましょうか?」
「逆に、何がありますか?」

今日の発熱外来で、PCR検査用の検体を採取した後、何か解熱剤でもご希望かとお尋ねしたときの会話です。

【逆に】
(1)反対に、あべこべに(←原義)
(2)むしろ、かえって(←最近の用法)
(3)それよりも、そんなことより(←マウント)
(4)まあ(←なんとなく言葉をつなげる)

逆にこんな感じでしょうか。
昨今の「逆に」は、応用範囲が広がってますね。これを用法が誤りだと目くじらを立てたりはしません。
逆に自分でも(2)などは「効果的に」使ってみたいですね。

冒頭の「逆に」は (1), (2), (3) の混合で、「それよりも、むしろ、反対に、尋ねますけど」の意味でしょうか。
私はその想定外の質問に戸惑ってしまい、「解熱剤とかあります」と応えるのがやっとでした。
逆に、「何か焼きましょうか?」「オススメ何かあります?」みたいな、焼き鳥屋の会話も思い出しました。

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『ブラックボックス』読中感
- 2022/01/19(Wed) -
「芥川賞」。私はまた、獲り損ねました。敗因はたぶん、私が何も(小説を)書いていないことでしょう。

受賞したのは、砂川文次氏(31)の『ブラックボックス』。都内の区役所に勤める公務員作家ですか。
自衛官時代に『市街戦』でデビューし、芥川賞は3回目の候補だったといいますから、かなりの人物です。

さっそくKindleで購入し、どら焼きを食べながら読み始めました。
これはまた、文が短くて読みやすい。まるで自転車をシャカシャカこいでいるような、スピード感があります。

ところが、短い文ばかりをハイスピードで読んでいると、なんだか過呼吸のような息苦しさを感じてきました。
面白いものですね。やたらに句読点の少ない『苦役列車』で感じた低酸素とはまた異なる息苦しさです。

いや待て、夜10時を過ぎてから小説を読み始めるのも、どうなの。宿題(ブログ)を先に済ませとかなきゃ。
そう思い直して、いまコレを書いています。読書感想文は明日以降に書くことにします。

ところで、「過呼吸症候群(過換気症候群)」の患者さんは、「空気が足りない」と訴えます。
息を吸おうとしても十分に吸えない、肺に入ってこない、そう感じてますます呼吸が速くなります。
これは気のせいではありません。本当に空気が入らないのです。なぜなら、息を十分に吐いていないからです。

なので対処法は、いったん、息を完全に吐き出すことです。吐き出したところで少し息を止めたら、完璧です。
昔よくやっていた「ペーパーバッグ法」は、低酸素を来す危険があるので、今は勧められていません。

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外来で使う外来語
- 2021/12/10(Fri) -
世間を騒がせている「オミクロン株」ですが、すごく怖いのか、ぜんぜん怖くない(かもしれない)のか。
感染がまた世界中に広がって、しかしいつしか普通の風邪になっていく、今はその過渡期なのでしょうか。
よくわからないので横道にそれて、「omicron」の英語の発音で気になったことなど。

私はてっきり「オウマイクロン」(「マイ」にアクセント)と言うんだろうと思ってました。
しかし実際に外人が言ってるのをTVで見てたら、ほとんどが語頭にアクセントの「オミクラン」ですね。

コロナ禍でよく耳にする外来語としては、前に「ウイルス(virus)」の発音について書きました。
「ワクチン(vaccine)」もよく聞きますが、発音は後半にアクセントのある「ヴァクスィーン」ですね。
たまに外人が来院して、「ヴァッスィネーションやってるか?」みたいに尋ねてくることがあります。
なんて?(pardon?)と聞き返して、やっと予防接種(vaccination)のことだとわかります。

日本語では「ワクチン」の「ワ」を強く言うものだから、英語の発音とのギャップが大きいのです。
こういうのを、ワクチンギャップと言うのかもしれませんウソ。

医学知識や用語の多くはドイツから入って来たため、ドイツ語読みが定着している、という説があります。
私もそう思ってきましたが、確認したら「Vakzine」の読みは「ワクツィーン」で、アクセントは後半です。
日本語とのアクセントが一致しないのが気に入らない。

そういえば、ワクチンを考案したのはパスツール。ドイツ人じゃなくてフランス人じゃないですか。
で、フランス語「vaccin」の発音を聞いてみると、「ヴァクスァン」でアクセントは語頭にある。
つまり、日本語の発音は、ドイツ語の発音にフランス語のアクセントが加味されたと、そんな感じですかね。
近代のワクチン・感染症学は、独仏の両国が牽引したゆえでしょうか。
ちなみにイタリア語の「vaccino」は、「ばっちいの」と聞こえます。

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よなのふりよるばい
- 2021/10/22(Fri) -
阿蘇が噴火して火山灰が降っています。
そのことを「よなのふりよる」と言う人がいて、火山灰のことを「よな」と呼ぶことを昨日知りました。

<「よな」とは、火山の噴煙とともに噴き出される灰。火山灰。九州、阿蘇地方でいう。>

辞書(大辞泉)にはそのようにありました。ほぼほぼ阿蘇限定の、火山灰表現のようですね。
となると、「よなよなよなのふる(毎晩のように火山灰が降る)」という言い方もできるわけですか。

夏目漱石の『二百十日』は、阿蘇登山を嵐で断念した漱石の体験を元にした、青年2人の会話の物語です。
その中に次のような一節がありました。

「御山が少し荒れておりますたい」
「荒れると烈しく鳴るのかね」
「ねえ。そうしてよながたくさんに降って参りますたい」
「よなた何だい」
「灰でござりまっす」

「よな」の語源って、何でしょう。「与那国」などの「与那」と同根で、砂の意味だという説があります。
もしかするとその起源は、旧約聖書の『ヨナ書』にまで遡れるかもしれませんうそ。

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最初に「主語」を言え
- 2021/10/02(Sat) -
減りましたね、新型コロナ感染者。当院の発熱外来も減ってるし、熊本県の新規感染確認者数も一桁です。

「九州沖縄で・・・あわせて118人となっています。県別では、沖縄県で43人、福岡県で・・・」
NHKの九州沖縄地方のニュースでは、いつも8県の新規感染者を、多い順にすべて教えてくれます。
画面で数字が出ているので、全部言わなくても良さそうですが、視覚障害者等にも配慮しているのでしょうか。

でも、続くフレーズが問題。今日は、こうでした。
「また、ふくお、沖縄県で5人、福岡県と長崎県でそれぞれ1人の、合わせて7人の死亡が確認されました」

出だしの言い間違いはともかく、これが死亡者数の数であることが、最後まで聞かなければわかりません。
たぶん死亡者数だろうなと思いながらも、いったい何の人数なのかと、ずっと疑問を引きずってしまいます。

このような、聞き終わらなければ「主語」がわからないようなニュース原稿は、私には納得がいきません。

「また、死亡者数は、沖縄県で5人、福岡県と長崎県でそれぞれ1人が、確認されました」
このように言うべきでしょう。「見出し」となる重要語は、まず最初に提示しなきゃ。

ラジオ放送は当然ですが、テレビでも、音声だけ聞いている視聴者(聴取者?)もいるのです。
こういった点にはNHKも気を配っているはずですが、ローカル局の場合は徹底していないのかもしれません。

文字の原稿でも基本は同じ。当ブログでも、キーワードはなるべく文頭に書くよう意識しています。
ただし、何らかの効果を狙った場合は別。私はむしろ、そういう例外的な書き方の方が多いかもしれませんが。

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「まず、隗より始めよ」
- 2021/09/22(Wed) -
誰か政治家(誰か忘れた)が先日、「隗より始めよだ」なんて言ってましたが、いつも引っかかる言葉です。
だいぶ前にも書きましたが(なんと、熊本地震の前日!)、また書きます。

彼は「まず、やれるコトからやれ」という意味で使っていました。それは決して誤用ではありません。
でも元々の故事では、「まずは優秀でない者を優遇すれば、賢人が続々と集まってくる」という意味でした。
単に「手近な」ところに手を付けるのではなく、「とるに足らない」ところから始めるのが、キモのはず。
その意味では、「下位より始めよ」と書いたっていいぐらいですよね。

私は中学時代にこの言葉を習ったとき、「まず私を厚遇せよ」と王に進言した隗の厚かましさに呆れました。
そしてこの考え方は、日本人の奥ゆかしさとは相容れないだろうなと感じました。
だから日本では、「手近なところから一歩一歩やれ」みたいな、実直なことわざに変化したのでしょうね。

情けは人のためならず」が、「その人のためにならない」の意味で誤用されることが多いのも、同様です。
日本人は、誠実・謙虚を尊ぶので、自分の利益を期待して他人に情けを掛けることなど、ヨシとしないのです。

何かを説得したい時に、無機質な「理詰め」だけではうまくいきません。「情緒」がとても大事です。
新型コロナワクチンを恐れる人には無理強いせず、自ら接種したくなるように丁寧に説明をしてきました。
北風と太陽」にならった作戦です。「ジャパネットと夢グループ」と言い換えてもよいでしょう(違うか)。

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ウイルスであってウィルスではない(と思う)
- 2021/04/29(Thu) -
「新型コロナウイルス」のように、「virus」に相当するカタカナ表記は「ウイルス」です。
「イ」を小さく書いた「ウィルス」を、最近見たことがありません。たぶん昔はありました。

しかしこれを発音する場合、ニュースでは時々「ウィルス」という発音を耳にします。
さらに不思議なことに、「ウィルス」発音は、テレビよりもラジオのニュースでわりと頻繁に聞きます。

今でこそ「ウイルス」ですが、私が子どもの頃は、表記も発音も「ビールス」でした。
これはおそらく、ドイツ語 (Virus)の読み「ヴィールス」から来ており、「V音」が「B音」になっただけです。

私の記憶では、いつの頃からか「ウィールス」と濁らなくなり、やがていまの「ウイルス」に至ります。
NHKでは1976年の放送用語委員会で、「ビールス」よりも「ウイルス」を優先して使うと決めたようです。

英語(virus)の発音は「ヴァイラス」です。
医者同士や学会等では、日常的によく使います。ただし日本人同士だと、発音は「バイラス」ですけどね。

ラテン語だと「ウィールス」に近い発音のようです。日本語「ウイルス」は、ラテン語由来なんでしょうか。

以上のように「virus」の「vi」の元々の発音は、「ヴァイ (英)」か「ヴィー (独)」か「ウィー (羅)」です。
なので「ウィルス」は間違い。たぶん「wi」で始まる外来語と混同してるんでしょう。(個人の見解です)

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筒井康隆『ジャックポット』毒中感
- 2021/03/30(Tue) -
筒井康隆を久しぶりに読みました。短編集の『ジャックポット』です。思った通り、筒井節が炸裂しています。
まだ全部は読んでませんが、すでに私の精神が披露宴。全話読めるかどうか、震度1ほどの自信もありません。

言葉遊びと言うにはほどがある、不適切・不穏当な言葉がイヤと言うほど登場します。(以下、ネタバレあり)
ネットなら炎上して燃え尽きるような問題表現が、書籍だからこそ自由自在の書き放題なんですね、逆に。

「親しき仲にもコロナあり」「一難去ってまたコロナ」「のど元過ぎればコロナを忘れる」「弱り目にコロナ」
こんなのは、品の良い方。よい子はうっかり読まない方が良い本です。

ただ、最後に収載されている『川のほとり』は、ホントに切なく、静かに泣かせる話でした。
癌で昨年亡くなった息子さんとの、夢の中での邂逅。それが夢だとはわかっていても、静かに会話を続けます。

私は不意に、江戸末期に博多の聖福寺の住職だった、僊厓義梵 (せんがいぎぼん) 和尚の話を思い出しました。
正月にめでたいことを書けと殿様に言われて、「親死ね 子死ね 孫死ね」と書いたことでも知られる人です。

この逸話を、中学生時代に美術の木本先生から聞きました。後に、山口県立美術館の館長になった人です。
その木本先生があるとき「絵心とはなにか」という宿題を出しました。親に訊いて、次の授業で提出せよと。
あれから半世紀近くたっても時々思い出しますが、先生が求める答案は何だったのか、いまだにわかりません。

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要点をすぐに言わない人に、いちいちイラつかない(自戒)
- 2021/03/26(Fri) -
「文を頭から読み進めたとき、読み返さなくても理解できるのであれば、長さにこだわる必要はありません」
という、先日読んだ某「文章術」の意見には、禿同(←いまどき言わんかな)。

以前、ブログ記事を1つの長文で書いたこともありましたが、アレは息切れするので書いてて面白苦しかった。
けれども、思ったままにその順番で言葉を書き連ねた文章は、読む側には意外と楽かもしれないと思いました。

と言うのも、大事なことを後回しにして喋る人が時々いて、私は聞いてて少しもどかしい思いをするのです。
とくに若い頃には私は、「できたら要点から先に言ってほしなぁ」と、いつも思っていました。
修飾語はあとでいいから、まず結論をストレートに言ってほしいのです。せっかちなんですね。

でも、優しくて奥ゆかしい人ほど、話がソフトになり、主旨がとらえにくくなりがちなことに気付きました。
なので私も最近は、大事なことを後回しにするのは親切心ゆえだと考えて、イラつかなくなりました(多分)。

「問診」は文字通り「聞くこと」ですが、効果的な問診ができるかどうかは結局、「訊き方」次第ですね。
私は、年上の女性と雑談しながら問診を深めるのが好きですが、しばしば漫才みたいな会話になります。
そのようにして経験豊富な先輩方と世間話をしながら問診する術を、毎日実地訓練させられているわけです。

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見かけはシンプルでも、内容はくどいのが好き
- 2021/03/22(Mon) -
「文章術」を指南する本やサイトは無数にありますが、私はなるべく読まないようにしています。
なぜなら、自己流が否定されそうな気がするからですが、今日うっかり、その手の記事を読んでしまいました。

その記事によると、「1文の長さは60文字以内が好ましい」とか。
おおっ。好ましいかどうかはともかく、たまたま当ブログは、原則として1文を50文字以内で書いています。
でもその理由は前にも書いたように、ブラウザで表示したときに次の行に折り返されるのがイヤだからです。

ですが無理くり50字におさめる推敲過程は、まるでパズルみたいで、実は私の大好きな作業なのです。

「シンプルに書く」=「なくても意味が通じる言葉を削る」だと、件の記事にあります。
なるほど。半分同感。ですが、シンプルがベストとは限らないのが、文章の面白さだと私は思っています。

たしかに、くどい文章は読みにくいですが、敢えてくどく書くことで、読者をイラつかせることができます。

読者のハートを刺激できれば、それはそれでインパクトのある文章と言えるでしょう。好印象ではなくても。
所詮、文字面だけの表現ですから、どれだけの効果を与えられるかを、最大限に工夫しなければなりません。
シンプルで読みやすい文章なんてのは、あっさりしすぎて記憶に残らないんじゃないかと、心配になるのです。

読んでスッキリ何も残らない「低残渣」ブログよりは、消化しきれず胃がもたれるような文章が私の狙いです。

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「積ん読」は、本の熟成作業なり
- 2021/03/21(Sun) -
積ん読」を、よくやります。本を買っても読まずに、そこら辺の本の上に積み重ねてそれっきり、ってやつ。
何冊も積み上げ続けていると、やがて崩れます。上層面だけが滑落したり、大元から倒壊したりもします。

そんな災害が起きたら起きたで、深い層に眠っていた本が発掘できたりして、それも積ん読の醍醐味です。
買った時とはまた異なる、新たな興味が湧いてきて、図らずもその場で読みふけることさえあります。

積ん読に批判的な人がいますが、私は反論したい。そもそも、読書の目的って何ですか、と。
ジャンルにもよりますが、純文学を除けば私の場合たいてい、「好奇心を満たす」ために本を読んでいます。
医学に限らず科学全般、芸術、歴史、生き物、乗り物、食べ物、そのほか森羅万象に、好奇心が入り込みます。

好奇心を満たすことが目的なのであって、「読書」はその手段に過ぎません。
さらに、その好奇心を満たす目的を突き詰めてみると、結局は自己満足なのかもしれません。

本が手元に届いた瞬間から、もう私はワクワクし始め、すでに一定の満足感が得られていることに気づきます。

家を出発するときから旅のワクワクが始まるように、広義の読書の楽しさは、本を手にした時から始まります。
読み進んだらどんな世界が広がり私は何を得られるだろうかと、読まないうちから気分が高揚してきます。

装丁を優しく愛でた後、ページを開き、目次などに目を通し、そして本を閉じます。よし、そのうち読もう。
こうしていよいよ、積ん読が始まるのです。

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井の中の蛙、共通語を知らず
- 2021/03/08(Mon) -
手指消毒用エタノールの押売り(国による優先供給スキーム3月分)メールが届きました。懲りませんね。
いつもの「サラヤ ヒビスコールSH ポンプ付1L 1本4,378円(1〜4点ご購入時、税込、配送料込)」です。

どうしてこのような、市場価格よりも格段に高い製品を、優先だと公言(広言・巧言)して売りつけるのか。
最初に設定した価格から変更することが、お役人にはできない事情でもあるんでしょうか。

だいたい、スキームなんてエラそうな言葉遣いがもう、いただけません。計画とか政策とか言えばいいのに。

「スキーム(scheme)」に近い言葉に「スキーマ(schema)」があります。図解とか計画の意味です。
そのドイツ語「シェーマ(Schema)」なら、私は以前からよく使ってきました。
一般的なのかどうかは知りませんが、「シェーマで示します」なんて表現を、医者や研究者は頻繁に使います。

それと似た音がするドイツ語に「シェーレ(Schere)」があります。手術用のハサミのことです。
大学や医局による違いもありますが、私が育った医学部では、この表現が標準でした。
いや、「シェーレ」と正しく言う医者は少数派で、おおかたは「セーレ」と言ってました。
前者が方言っぽく聞こえるので、勝手に「洗練」させた歴史があるのかもしれません。

ところで20年以上前、私と先輩医師が2人で九州を出て、四国の医科大学(当時)に一時赴任したときのこと。
手術中に「セーレ!」と言っても、まったく通じない。この時、セーレが共通語じゃないことを悟りました。
狭い社会にずっと留まっていてはいけない、外に出なければわからないことがあると、思い知った話です。

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変異ウイルスのクラスターで先が読めない
- 2021/01/31(Sun) -
埼玉県で4人が新型コロナの変異ウイルスに感染していることが確認され、県の担当者は次の様に述べました。
「いずれも英国滞在歴や英国滞在歴のある患者等との接触は確認されておりません」

このような話し方って、昔から私は気に入らない。(話がそれて申し訳ないです)
たとえば、台風等によって空の便の欠航が相次ぐようなとき、次の様なニュースをよく耳にします。

「欠航または欠航が決まっています」
パッと聞いて意味分からん(と、最初は思う)。「遅延または欠航が決まっています」なら分かるけど。
で、次の瞬間、そうか、すでに欠航したか今後の欠航が決まっている、という意味かと納得するのです。
でもそれなら、「すでに欠航したり、今後の欠航が決まっています」と言えば親切なのに。

冒頭の埼玉県の人も、次の様に言うべきでしょう。
「いずれも英国滞在歴はなく、また英国滞在歴のある患者等との接触も確認されておりません」

かように私は人の発言の枝葉がいちいち気になる性分なので、本来聞くべき内容が耳に入らなかったりします。
さいわい、最近のNHKプラスとか全録レコーダーで、聞き漏らしたニュースを聞き直せるのが救いです。

そうそう、話を元に戻しますが、変異ウイルスはクセモノ。要注意ですね。
せっかく感染者数が減る兆しが見え、ワクチンの接種計画も具体化してきたというのに、油断なりません。
はたして「ゲームチェンジャー」となるのは、ワクチンか(良い意味で)、変異ウイルスか(悪い意味で)。

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質問には、まず真っすぐ簡潔に答えましょう
- 2021/01/14(Thu) -
緊急事態宣言下の東京都の小池知事は昨日、次の様に語りました。
「コロナはカレンダーを持っていない。もう一つ持っていないものが時計でして、ですから、午後8時であろうが、お昼間であろうが、不要不急の外出はお控えくださいと、ずーっと前から、言ってます」

これを聞いた人の反応はたぶん、「うまいこと言うねぇ」か、「うまいこと言ってんじゃねぇよ」でしょうね。

私は後者。ていうか、うまいとも思いませんが、小池氏はまた、こうも言いました。
「コロナは県境がどこなのかわからない、というのもポイント」

あなたこそポイントをはずしてませんか、小池さん。いま求められているのは、へたな例え話じゃないでしょ。
小池氏を「アピール上手」だと持ち上げる方もいますが、私はいいかげん辟易しております。
妙なキャッチフレーズや語呂合わせが、わかり易いというよりくどい、見苦しい。なんなら幼稚。

それに輪を掛けてひどいのが、菅首相です。昨日の記者会見の、グダグダな質疑応答にはガッカリしました。
記者からの質問に対して簡潔に即答することがなく、まずムダな前段の説明から入り、しかも的を外してる。
最初に真正面から簡潔に回答し、次いでムダなく捕捉説明をする尾身会長との、違いが際立った会見でした。

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