山口のアクセント
- 2015/05/31(Sun) -
視聴率が低迷してNHK会長も怒ったという大河ドラマ「花燃ゆ」は、今夜やっと、奇兵隊が登場しました。
これでドラマにも動きが出て、今後は盛り上がるのでしょうか。長州出身の私としては、それが心配です。

ところで前にも書いたように、「山口」という言葉のアクセントは、地元と共通語では異なっています。

地元では、「や」にアクセントのある「高低低低」パターン。ちょうど「仙台」や「ピグモン」と同じ。
ところが共通語では、「ま」にアクセントのある「低高低低」。これは「福岡」や「ピロシキ」と同じです。

ドラマでは、先週の放送回で、長州藩庁が萩から山口へ移され、山口という言葉が頻繁に登場しました。
ところが、多くの登場人物が「や」アクセントで話すのに、主人公の文は「ま」にアクセント。なぜ?

そもそも地名のアクセントは、地元の読み方を優先するべきだと思うのです、共通語でもドラマでも。

いったいNHKは、地元の発音をどう考えているのか。調べてみたらありました。2013年の放送用語委員会。
「NHKの放送でのアクセントは、共通語の範囲内で再現できるものを用いることを原則とします」とのこと。

これはどういうことでしょう。「共通語の範囲内で再現できるものを」という部分が、いかにも意味深長。
つまり、地元民にしか発音できない読み方は困るというわけです。ピンとこないので、具体例を見てみると、

「西宮」:関西弁では「高高高高高」と、全部にアクセントのある平板型。ありゃ、そうですか。
「尼崎」:関西弁では「低低低低高」と、最後にアクセントのある特殊な発音。こりゃまた。

たしかに、地元アクセントをすべて、共通語にすべきとは限らないのかも。でも、山口はどうなんでしょう。

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医療へマイナンバー
- 2015/05/30(Sat) -
マイナンバー」を医療に導入することが、正式に決まったようです。
2017年7月から健康保険証としての利用を始め、以後段階的に、医療情報の共有を目指すとのこと。

「重複検査や重複投薬から解放され、一貫した医療・介護サービスが受けられる」と安倍首相も強調します。

何ですか、その「重複検査や重複投薬から解放」って、人聞きの悪い。
まるで医者が、ムダな検査や投薬ばかりしていると、言わんばかりじゃないですか。

だいたい、1人の医者(1つの医療機関)が1人の患者に、薬をダブって処方することなど、あり得ません。
そんな処方をしたら、たちどころに診療報酬の審査機関からクレームが来ます。

現実に起こりうる「重複投薬」は、複数の医療機関が、同一の患者に、同一成分の薬を処方する場合です。
ときには患者側が、医療機関に内緒で、複数の医療機関から同じ薬の処方を受ける場合だってあります。

知らずに「重複投薬」をしてしまわないように、この点はぜひ、マイナンバーの効果に期待したいものです。

ただし「重複検査」はどうなんでしょう。検査というものは、医療機関によって「質」が異なるからです。
必要性があれば、別の医療機関で再検査をすることなんて、いくらでもあります。
「重複検査」を制限する前に、前医での検査結果を、自由に参照できる仕組みを構築するのが先でしょう。

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卓球台を譲る
- 2015/05/29(Fri) -
数年前、卓球台を購入しました。院内で卓球を楽しむためです。ところが実は、ほとんど使ってないのです。
それどころか、ひどく場所をとるので邪魔な存在。どうやって処分しようかと、悩み続けて数年経ちます。

「何でも買い取ります」のような業者に電話してみても、「卓球台はだめです」という業者が多い。
「何でも買い取るんじゃないんですか」と食い下がると、「卓球台は例外です」と、いきなりの例外扱い。
「タダでもいいから引き取ってくれ」と言えば、「サイズが大きいのでそちらで搬送してくれ」と言い出す。

途方に暮れていたら、熊本県民総合運動公園の関係の方が、寄贈していただけるなら、ぜひ引き取りたいと。
まさしく渡りに船です。さっそく手はずを整えて、まずは現物を見に来てもらいました。

県の教育庁の方など、総勢4名が来院。卓球台を詳しく検証した挙げ句に、予想もしない質問がありました。
「先生は、市会議員を、なさっていませんか?」
政治家の場合は、「寄贈 誰それ」と卓球台に書くことができないのだと。なるほど。

市議でも県議でもないし、立候補する野望も無いことを告げると、県庁の方々は納得して帰っていきました。
しかし数時間後、「あの卓球台は、検定品ではないので、県の備品にはできません」と、お断りの電話あり。

公式競技には使わず、練習専用でもダメ。タダでもダメ。その融通の利かないところが、さすがお役所です。

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ヘリウムガス吸引事故
- 2015/05/28(Thu) -
テレビ番組の収録中に、12歳の少女がヘリウムガス吸引で意識を失った事故が、今年1月に起きました。
その経緯について、日本小児科学会がこのほど、学会誌の最新号で詳細を公表しました。

少女は、ガス吸引直後より右手を震わせ始め、後方へ転倒して後頭部を強打、全身痙攣を起こしたとのこと。
意識障害と低酸素が続き、入院6日目に再び痙攣。画像診断から空気塞栓症と判断し、高圧酸素療法を開始。
その後は徐々に回復し、3月には登校できるまでになったそうですが、いろいろ問題のある出来事です。

ずさんな収録現場の問題や、事故をすぐに公表しなかったテレビ朝日の体質については、今日は触れません。
それよりもなぜ、市販のヘリウム缶の吸入でそのような大事に至ったのか、今日はそれを考えてみます。

使われたボンベは、ヘリウム80%、酸素20%含有の日本製。5,000ccの「大人用」サイズだったそうです。
この、ありきたりのパーティーグッズで問題が起きた原因は、次の2つと思われます。
(1)体格に見合わない、大量のヘリウムガスを吸入した
(2)鼻をつまんで、真面目にしっかり吸入した

ヘリウムガスに限らず、肺活量を超える量の気体をボンベで圧入されると、肺(肺胞)は破れるのです。
これを「圧損傷(Barotrauma;バロトラウマ)」といいます。

肺はガス交換の場です。肺胞の周りには、肺動脈と肺静脈の毛細血管が、網目のように絡みついています。
肺胞が破れれば、周囲の血管も断裂します。そこにガスの圧力が加われば、血管内にガスが入り込みます。

とくに問題は肺静脈です。肺静脈内にガスが入ると、左心房、左心室を経て、大動脈に拍出されるからです。
それが頸動脈に流れ、脳内の血管を塞いでしまうと、脳塞栓を起こします。これが、今回の事故の概要です。

教訓
(1)子どもでは、体格を考慮して、ヘリウム缶のサイズ(容量)を選択すること
(2)より面白い声を出そうと思っても、あまり真面目に、一生懸命吸わないこと
ていうか、ヘリウム吸って面白い声を出す遊び、もうやめませんか。

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病名と地名・人名
- 2015/05/27(Wed) -
「新たな感染症の名称を定める際には、その中に、地域、国名、人名、動物の名称を含むべきではない」
WHOが先日発表した指針です。その例として「日本脳炎」などが挙げられています。
もちろん、すでに使われている病名を改称していく、という話ではありません。次からは、ということです。

しかし今後、名称変更を求める動きが起きれば、既存の病名が変わる可能性は、あるかもしれません。
動物愛護の精神からも、「狂犬病」などは、真っ先にやり玉に挙げられそうです。
「豚インフルエンザ」や「鳥インフルエンザ」も、動物虐殺につながるので、本来はNGだとされています。
地名で言うなら、「エボラ出血熱」や「ラッサ熱」などのウイルス性出血熱は、軒並みアウトですね。

胃腸炎を起こす「ノロウイルス」は、「ノーウォークウイルス(Norwalk virus)」の省略形です。
米ノーウォーク州で集団発生した胃腸炎患者から検出されたので、その名が付きました。
「ノロ」に略したので、ノーウォーク州民には好都合ですが、日本の「野呂」さんが黙ってはいません。

いや、冗談ではないのです。国際微生物学連合では「ノロウイルス」を使わないように求めています。
となるとこんどは、ノーウォーク州民が反発しそうです。

ノロと似たような胃腸炎を起こすものに「サポウイルス」があります。「サポ」の由来は「サッポロ」です。
札幌市で集団発生した胃腸炎患者から、検出されたウイルスだからです。生牡蠣などから感染します。
こちらはどう考えても、「サポウイルス」のままがよさそう。「サッポロウイルス」ではイヤでしょう。
「ウイルス」のかわりに「ビールス」と言ったものなら、「サッポロビールス」になってしまいます。

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差別用語を考える
- 2015/05/26(Tue) -
昨日も書いた、ジョン・ナッシュ氏のこと。彼が「統合失調症」だったことは、よく知られています。
映画「ビューティフル・マインド」では、その彼だけが知覚する世界を、面白く表現していたと思います。

字幕で「精神分裂病」という言葉がたびたび登場しました。今は使われなくなった病名です。
「分裂」という言葉が、差別的、人格否定的だ、ということです。まあそれは、ある程度、理解できます。

しかし、単なる状態を表す一般名詞が、いつのまにか差別用語となり、使われなくなるケースも多いです。
そのおかげで、医学的本質は全く同じものを、あえて別の言葉に置き換えて表現することになります。

例えば「跛行(はこう)」。おもに片足が不自由な状態のことですが、かつて「びっこを引く」と言ってました。
差別的との理由で、いま「びっこ」は使われませんが、「びっこ」を漢字で書けば「跛」です。同じ字です。

跛行の原因はさまざまです。
(1)股関節や下肢に、変形や可動域の制限や疼痛などがある疾患:関節の病気、下肢の骨折、痛風など
(2)脊椎・脊髄または脳に異常がある疾患:脳血管障害やポリオの後遺症、腰部脊柱管狭窄症など
(3)下肢の血流に障害があって、とくに運動時に阻血となる疾患:閉塞性動脈硬化症

皆さん、お困りの方ばかり。経過の長い方は、跛行にもある程度慣れてますが、それでもひどく不自由です。
そのような病状の方を蔑視する心無い人がいたとしたら、それはその人の問題。言葉の問題ではありません。

しかし何らかの経緯があって、「跛(びっこ)」という言葉は問題視され、「跛行」に置き換わりました。
大和言葉(訓読み)を漢語(音読み)にして、いかにも中立性のある学術的な堅い表現にしたわけです。
その「跛行」ですら、「跛」の字が差別的だと言われ始めていますが、何が悪いのでしょう。文字ですか。

大事なのは、どのような気持ちで、その言葉を発しているのか、それを使う人の心です。
差別用語だと言って、次々に言葉を排除することで、かえって差別意識を作り出しているような気がします。

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ジョン・ナッシュ氏死去
- 2015/05/25(Mon) -
「ゲーム理論」。と言っても、モンストとかパズドラとかの、攻略法の話ではありません。
経済分析に使われる理論で、これを突き詰めたジョン・ナッシュは、94年にノーベル賞を受賞しました。
そのナッシュ氏が昨日(日本時間)、死亡したとのこと。タクシー乗車中の事故というのが、残念です。

統合失調症と闘いながら、ついにノーベル賞を受賞したナッシュ氏の半生は、映画にも描かれました。
2001年のアカデミー作品賞などを受賞した「ビューティフル・マインド」は、私の大好きな映画です。
主演のラッセル・クロウも良かったけど、奥さん役のジェニファー・コネリーもまた、良かった。
人生ドラマの中に、私の好きな要素「スパイ」「暗号」「数学」が盛り込まれているところもポイント。

では「ゲーム理論」とはなんぞや。この機会に、ちょこっと勉強したので、私なりの解釈を書いてみます。

個人間でも企業間でも国家間でも、二者間でも三者間でもそれ以上でも、駆け引きというものがあります。
それぞれが自分の利益を考慮しつつも、相手の出方を想定し、裏をかかれないように、熟慮します。
メンバーがすべて、同様に合理的戦略を練ると、一定の均衡「ナッシュ均衡」に落ち着くというわけです。

一人勝ちすることよりも、一人負けしないことを重視する意思決定法、というのが私の理解です。違うかな。
違うかもしれないので、人に言わないでください。

そんなわけで今夜、ナッシュ氏追悼の意味で、急遽、「ビューティフル・マインド」を鑑賞しました。

精神的に病的な個性を持つ天才が、さまざまな苦悩の末、ついに大事を成し遂げて社会から賞賛される。
その天才を支え続けた奥さん。その2人が同時に事故で亡くなったというのが、なんともいたたまれません。

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爽やかな五月晴れ
- 2015/05/24(Sun) -
雨天かと思われていた今日は、すっかり晴れ渡り、絶好の運動会日和でした。もちろん私は、診療でしたが。
ギックリ腰もほぼ完治し、先週には胃と大腸の内視鏡検査も無事クリア。
こうなると、爽やかな五月晴れの休日には、そろそろ阿蘇方面へのサイクリングも計画したいところです。

と書くと、こら、お前の日本語はどうなっとるのかと、激おこする方、いますか。
「爽やかな五月晴れ」という言葉が、間違っているような、許容されているような、微妙な表現だからです。

「五月晴れ」
(1)五月のよく晴れた天気
(2)梅雨の晴れ間
本来の意味は(2)。つまり、旧暦五月の梅雨=五月雨(さみだれ)の、合間の晴れ間のことだというわけ。
しかし、梅雨入り前の5月の晴天は、気温もほどほどで心地よいので、(1)の意味でもしっくりきます。
元は誤用だとしても、今となっては使いやすい言葉です。なにしろ、5月の晴天は爽やかです。

「爽やか」
新明解国語辞典(私の好きな第四版)によると、
(1)きれいで程良く冷たい大気が、一種の緊張感と清新の気を与えてくれる様子
(2)精神的にもふっきれ、生理的にも滞る所が何も無い様子
俳句の世界ではしかし、「さわやか」は秋の季語だそうです。だから春に使うと違和感がある人もいるとか。
でも多くの方には、どの季節に使おうが、違和感のない言葉だと思います。
俳句をたしなむ風流人が、当ブログを読む可能性も低いでしょうから、私は春にも使わせていただきます。

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つぶらな瞳
- 2015/05/23(Sat) -
神経学的異常を疑うときや、意識レベルを診るときに、瞳孔の大きさ、形、左右差や対光反射を観察します。
ただし私の外来の一般診療で、瞳孔の診察、とくに対光反射をチェックすることは、ごくまれです。

対光反射を診る際には、ペンライトが必要ですが、まぶしいので、ある程度弱い光でなければなりません。
ひごろ咽頭部などを診察するときに使っているペンライトでは、光が強いので、目には使いにくいです。

目に光を当てると、瞳孔が小さく縮まります。これが「縮瞳」という状態で、この反応が「対光反射」です。
片方の目にだけ光を当てても、両方の瞳孔が縮瞳します。光を外すと、また元のサイズに戻ります。

瞳孔に実体はありません。「虹彩」の中央にあいた、ただの穴にすぎません。ドーナツの穴と同じです。
その虹彩というのは、カメラに例えれば「絞り」です。網膜に届く光の量を調整しています。

大きさは変化しますが、人間の正常な瞳孔の形はいつも円形です。犬も円形ですが、ネコは縦長です。

「つぶらな瞳」という言葉の意味が、時々話題になります。「大きな目」ではなく「丸い目」の意味ですね。
漢字で「円らな」と書きます。ウルトラシリーズの円谷プロを思い出せば、合点がいきます。

ところが前述したように、人間の瞳孔は円形に決まっています。ならば人類みな、円らな瞳じゃないの?
そうではなさそう。「つぶらな瞳」の瞳は、瞳孔の意味から転じて、目の意味で使われているからです。

ユーミンの歌にもある「瞳を閉じて」という言葉は、おかしいじゃないか、という人がいます。
閉じるのは瞼(まぶた)であって、瞳ではない、というのですが、これも目と考えたら問題ないわけです。

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アクセントの平板化
- 2015/05/22(Fri) -
「くまモン」の正式なアクセントは、頭にアクセントがある「頭高型」であると、以前書きました。

しかし実際には、日頃の診療で接する子どもたちのほとんどが、いわゆる「平板型」で発音しています。
念のため説明しますと、頭高型とは「仙台」と同じアクセント、平板型は「熊本」と同じです。

私も平板型です。なにより、「くまモン」と「くまもと」のアクセントが同じ方が、自然だと思うからです。

アクセントの平板化は、その言葉をよく使う人から始まり、若者中心に広まっていくといわれています。
本来は頭高型であった「モデル」や「ドラマ」が、今はたいてい平板型で発音されるようになりました。
頭高型のようなメリハリのついたアクセントよりも、平板型の方が発音しやすいのかもしれません。

このような変化は、外来語に限りません。「電話」はすっかり平板化したし、「電車」も平板化途上です。
となれば、くまモンだって、どっちみち平板化するのです。最初から平板型にするのが合理的というもの。

概して、頭高型のアクセントは昭和臭く、平板型は今風です。
くまモンを頭高型と決めたのは、熊本県(県庁)です。主犯は知事かもしれません。発想が古いのです。

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イルカの捕獲と繁殖
- 2015/05/21(Thu) -
国内の水族館が、「追い込み漁」で捕獲されたイルカを入手していることが、倫理規定違反だという問題。

日本で唯一、追い込み漁を行っているのは、映画「ザ・コーブ」で描かれた、和歌山県太地町です。
その映画にまつわる問題や、動物愛護団体のこと、日本のイルカ漁文化などについては、今日は触れません。

「世界動物園水族館協会」は、イルカをおびえさせ一網打尽にするから、追い込み漁は残酷だ、と言います。
太地町では、追い込んだイルカが傷つかないような工夫等をしていますが、それじゃダメらしいです。

ともかく、「日本動物園水族館協会」は、追い込み漁によるイルカの入手を行わない方針としました。
「動物園」が今後もライオンやゾウの調達を続けられるために、「水族館」には泣いてもらったわけですね。

では水族館はどうすべきか、考えられるのは3つ。
(1)繁殖によってイルカを確保する:アメリカなどでは、大半のイルカが水族館で繁殖したものらしい
(2)協会から脱退する:すでにその意向を表明している水族館も、いくつかあるようです
(3)イルカショーを諦める

捕獲は残酷だけど、繁殖は残酷じゃないって言う、その理屈が私にはよくわかりません。

自然に生きているイルカを捕獲して、それを見世物にすること。これは残酷であると。
見世物にするためにイルカを繁殖させ、それを見世物にすること。これは残酷ではないと。

私にはむしろ、見世物になるために生まれさせ、育てられるイルカの生涯の方が、よっぽど残酷に思えます。

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服薬遵守
- 2015/05/20(Wed) -
「薬がのみきれない!〜知られざる “残薬” のリスク〜」、昨日の「クローズアップ現代」のテーマです。

薬が多いことの問題は、理解できます。しかし「残薬」がリスクとは、誤解を招く表現です。
残薬(=薬を飲み残すこと)は結果であり、問題の原因ではありません。残薬を減らす工夫こそが大事です。

残薬が出る原因には、次のようなものが考えられます。
(1)単純に薬を飲み忘れたり、飲むタイミングを逸してしまう
(2)薬をなるべく飲みたくないので、自己判断で中断する

このうち(1)は、処方の工夫で対処しますが、(2)は、医療の根幹にもかかわる大問題です。
治療のために必要だから処方された薬を、飲みたくないから飲まないでは、医療自体が成立しません。
その背景には、理解不足と医療不信があり、それは医師と患者との人間関係にも関係してきます。

これまでは「コンプライアンス」=医師の指示を守って薬を内服すること=「服薬遵守」でした。
これからは「アドヒランス」=患者の理解と意志に基づいて薬を飲むこと=「服薬遵守」だそうです。

医師からの押しつけ処方か、患者自らの要望による処方か、まるで北風と太陽のような好対照に見えます。

しかし、実際の医療現場は、このように単純な話ではありません。
十分説明しても、なかなか理解してもらえない。けれども、どうしても飲んでほしい薬もあるのです。
しばらく内服を続けて効果が出た時点で、やっと薬の意義を理解してもらえることも、しばしばあります。
ときに医師は、心を鬼にして、北風になるべき局面もあると、私は思います。

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蛇足
- 2015/05/19(Tue) -
時にはまともなことも書きますが、たいていは、どうでもよい話を書くのが、このブログの特徴です。
たとえまともなテーマで始まっても、途中から話が逸れていきます。書かなきゃいいのに、蛇足が付きます。

とはいえ、私の蛇足というのは、故意に、書きたくて書いているので、本来の蛇足とは少し異なります。
文章が真面目すぎて固いとき、最後にギャグをかまして緊張を取り除く、一種の照れ隠しみたいなものです。

ところで今日言いたいのは、「蛇足」の読み方です。正式には「じゃそく」だそうですね。
「蛇口」「蛇腹」「蛇の目」と来たら、「蛇足(じゃそく)」ですよね、たしかに。
「じゃそく」が言いにくいから「だそく」という慣用読みが生まれ、やがてその読みだけが残ったようです。

このように慣用読みに取って代わられた言葉は、調べてみるとほかにもたくさんありました。
「消耗(しょうもう)」がそう。本来の読みが「しょうこう」だと言われても、もう後戻りできません。

「心神耗弱」はしかし、「しんしんこうじゃく」という読み方が、まだ生き残っています。
テレビでこの言葉をよく耳にするので、「もうじゃく」が間違った読みであると、とすり込まれています。
しかしこれとて、そのうち「しんしんもうじゃく」に取って代わられる運命なのかもしれません。

先日「腹腔」のことを書きましたが、やはり正しくは「ふくこう」と読むようです。
「ふくくう」が慣用読みで、医療従事者が使う「ふっくう」は、さらに慣用読みが進んだものなのでしょう。
言葉はどんどん、発音しやすいものへと変化していく運命なのです。だから「ふっくう」でいいのです。
どうしても「ふくこう」が正しいという方は、「蛇足」を「じゃそく」と言わなければなりません。

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触覚を刺激する
- 2015/05/18(Mon) -
Apple Watchを使ってみて、明らかに「新しい」と感じたこと。それは「触覚」です。

さまざまな情報が、独特の振動によって通知されます。これが、経験したことのない感触なのです。

ちょうど、iPhoneで最初に自分の指紋を登録するときに、指先に奇妙な振動を感じる、あれに似ています。
リズムは多彩です。ある時は「トトン」、またある時は「トゥトゥトゥッ」、あるいは「トゥクトゥク」。

ともかく「ト」で始まる感触なのです。「手首を軽く叩く」という言葉では、うまく表現しきれません。
しいて言うなら「消しゴム付き鉛筆の消しゴムの部分でリズミカルに叩く感じ」とでも言いましょうか。

ケータイやスマホのように、振動音が周囲に聞こえるようなことは、ありません。とにかく微振動なのです。
Apple Watchを装着している本人だけに、こっそり、心地よく伝わるところがミソです。

この絶妙な振動を起こすメカが、「Taptic Engine」とよばれる、「リニアアクチュエータ」です。
リニアアクチュエータとは、小さなリニアモーターによる往復運動で、小刻みな振動を生じさせる装置です。

スマートウォッチは、単に身近にあるだけではなく、常に手首に密着するデバイスです。
人の触覚を刺激するApple Watchは、その特徴を生かした点が、私は新しいと感じました。

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Apple Watch届く
- 2015/05/17(Sun) -
やっと、届きました、Apple Watch。ずいぶん待たされました。
予約受付開始の1分後に発注を完了したというのに、発売開始から23日、予約からだと37日かかりました。
部品(Taptic Engine)の不具合で、納期が大幅に遅れるという情報もあり、気をもんでいたところでした。

さっそく開封(写真撮影込み)。iPhoneとペアリング。これは簡単。で、使用初日に感じたことをいくつか。

(1)時間がすぐわかるようになった
この10年以上、基本的に腕時計は着けない生活だったのですが、あればあったで便利ですね、腕時計って。

(2)診察時に、脈拍数を数えやすくなった
節電のため、時計の表示は6秒で自動スリープする仕様です。脈拍数は、6秒間のカウントを10倍します。

(3)スマホを見る頻度が減った
メールやFacebookの通知が届くので、メッセージはすぐに読めます。iPhoneはポケットやカバンの中でOK。

(4)スケジュール管理が楽
予定を教えてくれるし、カレンダーをすぐに確認できるので、もの忘れしやすい私には、とてもありがたい。

(5)もちろん、電話機能もあります
あわててiPhoneを取り出す前に、誰からの電話かわかります。世間体を気にしなければ、そのまま通話も可。

電話もメールもすべて、リアルタイムで手首に着受信。気がつかなかった、という言い訳がききません。
どうなんでしょうね、スマートウォッチって。

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タニタとタニカ
- 2015/05/16(Sat) -
明治ホールディングスが12日に発表した決算は、3期連続で最高益を更新したとのこと。
その営業利益の内訳に驚きます。菓子の95億円に対して、発酵デイリー(ヨーグルトなど)が283億円です。
「R-1」などの「機能性ヨーグルト」の販売が、とくかく好調のようです。私も貢献しています。

いや厳密には、私の最近の貢献度はやや下がっています。自家製ヨーグルトを作っているからです。
機能性ヨーグルトは、そこそこ高価なので、私のように自家製する人間が増えているそうです。
「R-1」1本から、「自家製 R-1」が11本分できます。ヨーグルトメーカー代など、すぐに元が取れます。

となると、ヨーグルトがヒットすれば、ヨーグルトメーカーもよく売れる、ということになります。
したがって、今後儲かる会社は、ヨーグルトメーカーよりもヨーグルトメーカーメーカーかもしれません。

私は東芝のヨーグルトメーカーを買いましたが、世間の主流は「タニカ電器」の製品だそうです。
「タニタ」ではなく「タニカ」です。東芝の製品も、実は製造しているのはタニカなのです。

タニタとタニカが紛らわしいというのであれば、この際、両社の合併を私は提案したい(誰に?)。
体重計もヨーグルトメーカーも、どちらも健康志向の電気製品です。ひとつの会社が作ってもいいでしょう。

新社名はズバリ「タニカニタ」です。いや、タニタとタニカの中間なら「タニサ」かな。
タニタの創業者は谷田さん、タニカの創業者は谷口さん、中をとるなら「タニビ(谷日)」かも。

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安保法制閣議決定
- 2015/05/15(Fri) -
安倍内閣は昨日、ついに新たな安保法制を閣議決定し、法案は今日、衆院に提出されました。
なかなか重いテーマなので、サラッと。とりあえず、主要各紙の今朝の社説を見てみました。

法案に対する、全体的な評価は、右から順に、
産経「成立を図ってもらいたい」
読売「成立に全力を挙げるべきだ」
毎日「検討すること自体は理解する」
朝日「この一線を越えてはならない」

毎日と朝日の間に、少々温度差があります。これはちょうど、改憲議論に対する姿勢と似ています。
毎日は、憲法については議論が必要だとする「論憲」、朝日は、改憲議論自体を忌み嫌う「護憲」です。

その、憲法がらみで言うなら、今朝の社説にはこういった記述も見られました。
毎日「本来なら憲法9条の改正手続きを踏まなければならないほどの戦後の安全保障政策の大転換だ」
朝日「憲法改正を国会に働きかけ、国民投票で是非を問わねばならなかったはずだ」

論憲の毎日や、護憲の朝日が、こういうときには憲法改正を条件にしてくるところが、なんとも面白い。

なお、日経の社説は、「シャープ再建」と「ギリシャ破綻」という経済テーマ。これまた一貫した態度です。

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スタッフ
- 2015/05/14(Thu) -
「スタッフぅ〜」と伸ばすと、狩野英孝のギャグになります。しかも、古い。
私がクリニックの従業員のことを話題にするとき、「スタッフ」という言葉を使うことが多いです。
従業員とか職員とか言うよりも、より対等でソフトな印象があるからです。
三人称に限らず、複数の職員に対して「スタッフのみんな」という二人称も使う場合もあります。

高校の時、スタッフとは材料のことだと学んで以来、「人的材料=人材」と思い込んでいました。
材料の “stuff” と人材の “staff” とでは、そもそも単語が違うことを知ったのは、何年か後のこと。

学生時代に好きだったフュージョン・バンドの「スタッフ」のスペルは、は “Stuff” です。
スティーブ・ガッドとか、リチャード・ティーとか、最高のstaffが集まったバンドですが、 “Stuff” です。
あのメンバーたちは、それぞれが最高の、音楽的素材だったのでしょうか。

その「スタッフ」という言葉が、「あいまいな言葉なので、慎重に使うべき」と判定されました。
NHKの放送用語委員会での話です。放送業界の部内用語だから、一般の人には伝わりにくいという理由です。
そんなバカな。スタッフで十分に伝わります。慎重に使えという、NHKの心配がわかりません。
もしかすると、 “stuff” なのか “staff” なのか区別が付かない、という意味なのでしょうか。まさかね。

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ヴィヴァルディ
- 2015/05/13(Wed) -
高校時代にやってたZ会(添削)のペンネームは、「調和の霊感」と「すきむらくん」を使い分けていました。
前者はヴィヴァルディの協奏曲集の名前であり、後者は当時の担任(好村先生)の愛称です。

学生時代になるとヴィヴァルディにも飽きて(曲がみんな似てる)、ほとんど聴かなくなってしまいました。
ところが、それから25年後、学会発表で訪れたヴェネツィアで、ヴィヴァルディと再会したのです。

人通りの少ない路地を散策中に、まるで穴場のような、ヴィヴァルディ・ショップを見つけました。
ヴェネツィアとえいば、ヴィヴァルディの出身地。店内は、文具や衣類など、ヴィヴァルディグッズだらけ。
今思えば、なかなか入手できないレアものばかりです。買えるだけ買っておけばよかったと、悔やまれます。

今日はなぜ、ヴィヴァルディなのかというと、NHKの番組紹介サイトで、次のような文を見つけたからです。
「水の都ベネチアで生まれたヴィヴァルディは、少女たちに音楽を教える先生となりました」

ね、おかしいでしょう。Veneziaが「ベネチア」で、Vivaldiが「ヴィヴァルディ」ですよ。一貫性がない。

つまり、外来語の「V」をカタカナ表記する場合、「ハ濁」にするか「ウ濁」にするか、という問題です。
調べてみると、NHKの原則は「ハ濁」。人名のみ例外的に「ウ濁」にするとのこと。根拠はわかりません。

おかげで、Versaillesは「ベルサイユ」で、Voltaireは「ヴォルテール」。その意味では、一貫してますね。

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ツツガムシ病
- 2015/05/12(Tue) -
青森や秋田や山形で、今年初の「ツツガムシ病」の患者報告が出始めました。これからが流行期のようです。
なかなか遭遇することがない病気のようですが、全国で、毎年数百人が罹患しているそうです。

「ツツガムシ」というダニが媒介して、「Orientia tsutsugamushi」という細菌の一種が感染する病気です。
主要3徴候は「刺し口、発熱、発疹」。刺し口は特徴的なので、見逃さないようにしなければなりません。

唱歌「故郷(ふるさと)」の二番は、「如何にいます父母 恙(つつが)なしや友がき」と始まります。
歌詞の「恙なし」というのは「ツツガムシ病」から来ている、という俗説があります。もちろんガセです。
私も学生時代まで、その説を信じていました。しかし真実は正反対。

「ツツガムシ病」が「恙ない」の語源ではなく、「恙ない」が「ツツガムシ病」の語源のようです。

遣隋使の国書の「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや、云々」という記載は有名。
もっと古い紀元前の文献にも「恙無きや」という表現が出てきます。
いずれも「恙(つつが)」=「病気・災難」であり、「恙無し」=「健やかである」という意味です。

東北地方で、ある風土病をもたらす虫が、「病を起こす虫」という意味で「恙虫」と名づけられました。
そしてその病気が「恙虫病(ツツガムシ病)」となりました。
つまり「ツツガムシ病」とは、「病をもたらす虫がもたらした病」という、おかしな名前なんですね。

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蜂楽饅頭
- 2015/05/11(Mon) -
「ほうらくまんじゅう」を初めて漢字変換したら「崩落饅頭」と出ました(コレ、どうしても書きたくて)。

「蜂楽饅頭」という言葉を私が初めて聞いたのは、十数年前、熊本に引っ越して来てからです。
私の中で、このような食べ物の名称は「回転焼き」でしたが、当地では、蜂楽饅頭のようです。

販売店は県内外に何カ所かあるようですが、私は上通の熊本本店でしか、買ったことがありません。
ていうか私はもともと、自分からお菓子や甘いものを買うことは控えています。
甘いものは好きです。が、だからこそ、自分では買わないようにしているのです。

なので蜂楽饅頭は、例外中の例外。これは、しょうがない。見つけたら食べたくなります。
上通アーケードを歩いていて、蜂楽饅頭の店舗を目にすると、私のダイエット意識が崩落してしまうのです。

先日久しぶりに、所用で上通付近を歩いたがために、まんまと蜂楽饅頭を買う羽目になりました。
1個100円(税込み)に値上がりしていましたが、税込み100円なので、値段の計算はとても楽です。

しかし簡単な計算なのに、店の窓口には、饅頭の個数ごとの値段が、表にして掲示してあります。親切です。
1個100円、2個200円、3個300円、以下、キリがないほど細かく、1個単位で、値段が書いてあります。
13個で1,300円、37個なら3,700円だということが、一目でわかります。ていうかその値段表、要りますか。

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グーグル先生
- 2015/05/10(Sun) -
「グーグル先生」という言葉は嫌いです。そもそもGoogleは先生ではありません。
ネットという巨大な図書館の入口に立って、なにか企んでいる、民間の一案内人にすぎません。

とは言え、Google検索はあまりにも、世の中にも私の生活にも浸透しています。そこで私の心配事は2つ。
(1)情報が操作される
(2)人間がバカになる

より精度の高い情報提供のために、Googleはたびたび、検索機能を改訂してきています。
しかし所詮、営利企業。儲けを出すために、あの手この手で検索結果を誘導してきているはずです、きっと。
いや儲けならまだしも、特定の理念・宗教・思想・信条に偏重する動きはないのか、それが心配。

でも本当に心配しているのは(2)です。世の中、ググり過ぎではないか。自戒を込めて、そう思います。
丸一日、ググらない日を作る、休肝日ならぬ休グ日。語呂が悪いか。

知らないことを調べるとき、とっかかりにググることは、私もよくやります。
一次情報を探し、適切な書籍を見つけ、良質な解説サイトや、読み応えのあるブログにたどり着くためです。

ところが、ググってみたら、トップにいきなりYAHOO!知恵袋が出てきて、ガッカリすることがあります。
言いたい放題書いている、匿名の人間の無責任な回答が、グーグル先生のお答えですか。
おまけに知恵袋には、「まずググったらどうですか」などという、堂々巡りの上から回答もあったりします。

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ご機嫌は、なぜななめ?
- 2015/05/09(Sat) -
お子さんが高熱を出すと心配ですが、しかしあわてて来院される前に、いつくかチェック項目があります。
とくに赤ちゃんなら、息づかいと顔色はどうか、ちゃんと哺乳してオシッコが出ているか、機嫌はどうか。
言葉で訴えられない乳幼児では、機嫌の良し悪しが、重症度評価の決め手にもなります。

では、どうして「機嫌」であって「気嫌」じゃないのか。だいたい「嫌」の文字にも違和感があるし。

もともとは「譏嫌」という仏教用語だったそうですね。「譏(そし)り嫌う」という、良くない意味です。
他人の譏嫌を受けないようにする戒律「息世譏嫌戒」(世の譏嫌を息(や)める戒)から来ているとのこと。
これは「人が不愉快と思うような言動は慎みなさい」という意味だそうです。

この「譏」という字が、「機転」にも使われるように心の動きも表す「機」に変わり、「機嫌」になったと。
それならば、「気分」にも使われるように心の動きも表す「気」に変わり、「気嫌」でもよさそうなもの。
なのに「機」の字を選んだのは、「幾」という旁(つくり)が共通しているからでしょうね、きっと。

「機嫌の良し悪し」などというように、もはや「機嫌」に悪い意味はなく、中立的に使われています。
「機嫌を損ねる」に至っては、「機嫌」に良い意味すら含んでいます。こうなると「譏嫌」とは正反対。

「譏(そし)る」意味が失われただけでなく、「嫌」の文字までが無毒化されてしまったのが、不思議です。

「ご機嫌ななめ」はなぜ「ななめ」なのか。この点についての考察は、割愛させていただきました。

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かけ算の順序問題
- 2015/05/08(Fri) -
昔からある、かけ算の順序問題を、あらためて考えてみました。

「ひと皿にリンゴが5個、そのような皿が4つあります。リンゴはぜんぶで何個ですか」
「皿が4枚、それぞれの皿にリンゴが5個乗っています。リンゴはぜんぶで何個ですか」
いずれの設問も、式を書いて答えるなら「5x4=20(個)」でも「4x5=20(個)」でもよさそうです。

しかし、かけ算は「ひとつぶんの数xいくつ分」の順に書くのがきまりだ、という考え方があります。
一方で、かける順序などどうでもよい、という合理的な考え方もあります。答えは変わらないからです。

「皿にリンゴが5個、そのような皿がワゴンに4枚、そのようなワゴンが3台。リンゴはぜんぶで何個ですか」

自然に考えると「5x4x3=60(個)」です。リンゴの数が、かけ算で増えていくイメージが分かり易い。
これを「4x5x3」としたら、わずかながら違和感を感じます。
さらに「5x3x4」とすると、さらに強い違和感を感じます。かける順序が理に適っていないからです。
まず皿の数に着目して「4x3x5」というかけ順もあるでしょうが、これは少々へそ曲がりです。

かけ算の順序を意識することは、自分が求めようとしているものを、きちんと確認することになります。
その意味では最初に、求めるものの数(リンゴの数)を持ってくるのが、いちばん自然で理に適っています。

正答であればいいという合理性よりも、思考過程の理屈こそ、とりわけ教育上は重要だと思います。

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とても楽しい
- 2015/05/07(Thu) -
「全然+肯定形」という「若者コトバ」が、市民権を獲得しつつある、ということは以前にも書きました。
「全然楽しい」なんていう表現は、感覚的にも新鮮なので、私はむしろ好んで使います。
それというのも、この表現は元々正しい用法だということが、世間でも認識されつつあるからです。

ただし元々正しければ今も正しいのか、という疑問は残ります。訳あって用法が変わったとも考えられます。
そのいきさつについては、目下調査中ですが、まだ、結論は出せません。

そのかわり、調査の副産物とでも言いましょうか、別の事例を見つけました。「とても+肯定型」です。
「とても楽しい」なんていう表現は、誰もが使っています。
ところが、芥川龍之介の「澄江堂雑記」には、「とても」という副題の短い文章に、こうあります。

「『とても安い』とか『とても寒い』と云ふ『とても』の東京の言葉になり出したのは数年以前のことである。勿論『とても』と云ふ言葉は東京にも全然なかつた訣(わけ)ではない。が従来の用法は『とてもかなはない』とか『とても纏(まと)まらない』とか云ふやうに必ず否定を伴つてゐる。(後略)」(引用おわり)

「とても」は本来、否定型を伴っていたのに、だんだんと肯定型にも使われるようになったというわけです。
芥川を信じるのであれば、言葉のゆれによって、「とても」の用法が拡大したと考えられます。

一方「全然」は、肯定も使われていた時代から、否定のみが正しいとする時期を経て、現代に至っています。
言葉が往復でゆれて、元に戻りつつある、といったところでしょうか。

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はい、いいえ
- 2015/05/06(Wed) -
英語の否定疑問文には、日本人はつい、逆に答えてしまいがちです、少なくとも英語慣れしてない人は。
ところが日本語の場合でも、否定形の疑問文に対しては、面倒なことが起きます。

(A)「熱は出ませんでしたか」「はい」「出てないんですね」「はい」
(B)「熱は出ませんでしたか」「いいえ」「出たんですか」「いいえ」
どちらも発熱していない人の返答ですが、(B)のように英語的に答えられると、逆にわかりにくい。
質問を最後まで聞かないうちに答えようとする、せっかちな人が(B)になるのかもしれません。私もです。

「はい」と答えるかわりに「ですね」や「です」を使う人のことは、前にも書きました。
もう慣れました。ていうか、自分でも使い始めていることに気づきます。「ですよね〜」とか言ってます。

「はい」と言わずに、必ず「あ、はい」と答えるのは、比較的若い人に多いです。
「あ、そのことですね、はい、そうです」というニュアンスでしょうか。

「はい、いいえ」という変な返事はむしろ、中高年の礼儀正しい方が使う言葉です。
「このたびはどうも、お世話になりました」「はい、いいえ」って。
「はい、はい、そのことですね、いいえ、どういたしまして」という意味なのでしょう。

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スターウォーズの日
- 2015/05/05(Tue) -
「スターウォーズの日」だったんですね、昨日(5月4日)は。私は今日になって知りました。
1日遅れなので鮮度が落ちますが、ダジャレ好きの私としては、どうしても書いておきたいことなので。

“May the Force be with you”(フォースと共にあらんことを)という、劇中の有名なセリフをもじって、
“May the 4th be with you”(5月4日はあなたと共に)とした、シャレだそうです。
本家Lucasfilmも認める、非公式記念日です。

“Force” と “4th” なんて、学校の英語の時間であれば、厳しくその発音の違いを教えられる単語です。
しかし、“May the Force” と “May the 4th” のひっかけは、英語圏でも堂々と通用するシャレなんですね。
似て非なる発音をこじつけるところは、日本のダジャレと同じです。

このダジャレのオリジナルは、1979年にLondon Evening Newsが掲載した記事だそうです。
5月4日、マーガレット・サッチャー氏が英国首相に就任したのを祝って、
“May the Fourth Be with You, Maggie.” と、その2年前に封切られた映画のセリフをもじったわけです。

こういうユーモアって、オシャレですよね。
似たようなシャレでも、日本ではすぐオヤジ扱いされて嫌われます。どうしてなんでしょうね。

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カンピロバクター
- 2015/05/04(Mon) -
この大型連休は、火曜・金曜の定期休診日以外、ずっと診療してます。なので明日はやっと、休めます。

いまだにインフルエンザ(B型)がチラホラ出るのには驚きますが、最近いちばん多いのは胃腸炎です。
カンピロバクターによる細菌性胃腸炎も、ときどき登場します。
先日報じられた、北海道の焼肉店で食事をした中学生の死亡事件も、この細菌による食中毒とされています。

当院で、カンピロバクター感染を確定診断するすべはありません。すべて、状況証拠に基づく診断です。
カンピロバクターというのは、ニワトリなどが保菌している細菌です。
嘔吐や下痢を発症する数日前に、鶏刺しか鶏のタタキを食べた、という人なら、ほぼ間違いないと思います。
ただし潜伏期が2日から5日と比較的長いので、食事内容を数日間さかのぼって、問診する必要があります。

豚肉を生焼けで食べる人はいないでしょう。生の牛肉にも、注意を払うようになりました。
そんな中で、何となく危機感を抱きにくい生の鶏肉は、盲点のような存在です。

鶏肉を切ったまな板から、野菜などの食材を介して、感染が広がることもあります。
自宅ではもちろん料理店でも、食材管理が徹底していなければ、つねに食中毒の危険があるわけです。
まして、バイキング形式の店だと、客が自由に食材に触れるので、清潔面では大いに不安があります。

例の北海道の焼肉店の写真を見ると、バイキング用の肉とサラダと果物のトレーが、近接して並んでいます。
このようなリスキーな店に、どうしても行きたいのであれば、サラダと果物は食べないことですね。

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未曾有の演説
- 2015/05/03(Sun) -
安倍首相の先日の演説は、外務省発表の日本語版原稿を、何度も読み返しました。よく練られた文章です。

第二次大戦記念碑を訪れたときの逸話は、情景が目に浮かぶような、詩的な描写でした。
『神殿を思わせる、静謐な場所でした。耳朶を打つのは、噴水の、水の砕ける音ばかり』
「耳朶を打つ」ほどの音の中で「静謐」と感じるのは、芭蕉の句にも共通する、日本的表現かもしれません。

演説の最後で安倍首相は、日米同盟を強調するために、東日本大震災の際の「トモダチ作戦」に触れました。
『米軍は、未曾有の規模で救難作戦を展開してくれました』と。

恥ずかしながら私は、「未曾有」は良い意味にも使えるんだと、これを読んで再認識した次第。
この部分は原文(英語版)では、 “at a scale never seen or heard before” となっています。

「未曾有」は「未(いま)だ曾(かつ)て有らず」の意味なので、善悪両方に用いると、辞書にはあります。
しかし実際に使うのはたいてい、「未曾有の大災害」や「未曾有の危機」など、悪い意味です。
あの震災後には、メディアでこの言葉が、何十回も何百回も繰り返されました。

だからこの言葉を、とりわけ震災がらみの話題で、良い意味に使うのは、相応しくないように感じました。
「未曾有の規模で」などと言わず、「かつてない規模で」の方が、すんなり入って来た気がします。

この点は引っかかりましたが、それでもこの演説は、ストーリー性があって、味わい深い文章だと思います。
こういうのを、学校の授業でとり上げてほしいものです。

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コレステロールと食事
- 2015/05/02(Sat) -
「コレステロール:『気にせず食べて』動脈硬化学会が声明」という毎日新聞の記事にひとこと。

日本動脈硬化学会はたしかに、昨日、「コレステロール摂取量に関する声明」を出しました。
「コレステロール摂取制限をしたら血中コレステロールが下がった」という証拠はない、と書かれています。

しかし解釈を間違えてはなりません。証拠がないから間違っている、ということにはならないのです。
摂取制限をしても、血中LDLコレステロールが下がるかどうかには個体差が大きい、という話なのです。

こんな例え話はどうでしょう。「カップ麺の摂取を制限したら血圧が下がるか、ガッテン大調査!」
被験者は10人。1カ月間、一切カップ麺を食べない生活を送ります。さて、血圧はどうなるか。

一部の人は、血圧が下がるかもしれません。どんな人かと言えば、
(1)日頃から、毎日のようにカップ麺を食べている人
(2)すでに血圧が高い人

しかし、全被験者を平均するとおそらく、血圧には変化なし、ということになるでしょう。
だからといって「カップ麺、気にせず食べて」と、言ってしまうのは早計です。

コレステロールの摂取制限も同じこと。
(1)日頃から、コレステロール食を多く摂る人
(2)すでに高コレステロール血症の人
このような方には、摂取制限が有効かもしれません。まずは、摂取制限をして調べてみるべきです。
それと同時に重要なことは、コレステロールだけでなく、食事内容全般を見直すことです。

動脈硬化学会の声明をきちんと読めば、そのようなことはすぐにわかります。
ところが新聞記事では、冒頭のような見出しになってしまうのです。
これでまた、食事指導がやりにくくなります。

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安倍首相演説
- 2015/05/01(Fri) -
米国上下両院合同会議での、安倍首相の演説。感銘を受けました。名演説だったと私は思います。
もちろん、評価は人それぞれ。賛否両論が渦巻いていて、面白いですね。
メディアの代表である新聞各紙の、今朝の社説を読み比べてみました。

全体的な評価は、右から順に、
産経「大いに歓迎したい」:諸手を挙げて歓迎している雰囲気です
読売「米議会では、好意的な反応や前向きの評価が大勢を占めた」:間接的表現が気になります
日経「日米の長い歴史の重要な一ページになったのは間違いない」:賛否はともかく重要だと
朝日「よくも悪くも無難な内容だった」:ほとんど評価せず

ユーモアも交え、45分間を長く感じさせなかった演説文については、
産経「これ以上どんな言葉が必要というのだろうか」:べた褒め
読売「多くの米国人の心の琴線に触れるような演説内容と、考え抜かれた表現が奏功した」:技術的評価
日経「日米関係だけでいえばよく練られた演説といってよい」:素直じゃない
朝日「歴史認識であつれきを生まないためのレトリックが目についた」:ケチをつけてる

「愚劣でバカバカしい」と言うのは、小林よしのり氏。米国に媚びを売るなと言っています。
安倍氏は弱腰過ぎる、というわけです。なるほど、もっと右側の論者もいるんですね。

ところで、毎日新聞の社説は、医療問題とNHK問題でした。安倍演説に対しては、シカト戦略のようです。

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