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川石からの合志
- 2017/03/17(Fri) -
私が住んでいる熊本県菊池郡菊陽町は、熊本市のベッドタウンとして、人口が増え続けているようです。
2005ー2010年の人口増加率は、全国市町村で第4位、2010ー2015年も11位でした。
かく言う私も、数年前に熊本市内から菊陽町に引っ越したので、この増加率に微力ながら貢献しています。
職場は熊本市内ですが、ベッドは菊陽町なのです。

菊陽町に隣接する市町村は、熊本市と合志市と大津町と益城町です。
益城町は、「ましきまち」という難解な読みですが、今ではよく知られる町名になりました。
大津町は、「おおつまち」ではなく「おおづまち」と読みます。「津」が濁るのです。
合志市は、「ごうしし」ではなく「こうしし」と読みます。「合」は濁りません。

このなかで「合志」は、古い地名なのに音読みです。
なぜそのような漢字なのでしょう。元々の地名(大和言葉)との関係はどうなのでしょう。
そこで今日は、合志市の図書館に出かけて「合志」の名の由来を調べて来たので、その報告です。

合志市は、11年前に「合志町(こうしまち)」と「西合志町(にしごうしまち)」が合併して誕生しました。
旧合志町の図書館は震災被害で今なお休館中なので、西合志図書館で町史などを調べました。

どうやら古い地名は「火の尻邦小石川」だったと判明。それが後に「加波志(かわし)」になったようです。
「火の邦→火の国→肥の国」の「尻(後ろ)」つまり「肥後」の、川に石が多かった場所だったといわれます。

記載は見当たりませんでしたが、「川石(かわいし)→加波志(かわし)」と置き換わったものと推測します。

それが応神天皇の地名改称で「皮石」になり、さらに8世紀に「合志」になったそうです。
これは元明天皇の「佳字好音(かじこうおん)の詔」によるものです。
大和言葉を当て字で勝手に表記するのをやめて、佳い漢字で音も濁らない二文字にせよ、という勅令です。

なので、この土地の歴史的背景と「合志」の文字そのものは、まったく関係ないということになりますね。
「こうし」つながりで近隣には孔子公園までありますが、これも歴史的には無関係。便乗しただけです。

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