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透析中止で死亡
- 2019/03/07(Thu) -
東京都の病院で、人工透析治療の中止を選択した腎臓病患者の女性が死亡した件が、波紋を広げています。

事実上の延命治療であった透析の、その中止を患者が求め、医師がそれに従い、患者は死亡しました。
医師は事前に十分に説明し、女性は透析中止の意思確認書に署名し、その夫も透析中止に納得していました。

透析を中止すれば「死に直結する」という厳しい説明に対して、女性は文書で同意していたわけです。
しかし、説明によって「死」を選ばせることの是非は、今後議論を深めなければならない重要部分でしょう。

予想されたように、透析中止によって死に向かった女性は、体調が悪化して苦しみ出します。
その苦しみの中で、女性が透析再開を希望する意思を示し始めますが、主治医は透析を再開しませんでした。

医師は、患者が苦しみ始めてから表明した意思よりも、「正気のときの固い意思」を尊重したといいます。
その背景には、終末期の腎不全患者の透析は「無益で偏った延命措置」であるという考えがあったようです。

この考え方こそ偏っているというのが世間一般的な論調でしょうけど、個別にはそれぞれ苦悩があるはず。
私は専門医ではなく、透析治療を主導した経験もないので、ここでは一般論を述べますが、こう思います。

(1)どのような治療も、医師からの十分な説明を受けた上での患者の意思に基づくべきである
(2)その意思表示はいつでも撤回できるものであり、医師はつねに患者の「最新の意思」に従うべきである

とは言え、断末魔の苦しみに際しての患者の「翻意」が本当に「本意」なのか、その見極めは難しいでしょう。
女性や家族の長年の苦悩と、透析の再開をあえて決断しなかった医師の思いを、私はもっと知りたい。
メディアには、医師を単純に糾弾するような浅い論じ方だけはしないでいただきたいものです。

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