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「積ん読」は、本の熟成作業なり
- 2021/03/21(Sun) -
積ん読」を、よくやります。本を買っても読まずに、そこら辺の本の上に積み重ねてそれっきり、ってやつ。
何冊も積み上げ続けていると、やがて崩れます。上層面だけが滑落したり、大元から倒壊したりもします。

そんな災害が起きたら起きたで、深い層に眠っていた本が発掘できたりして、それも積ん読の醍醐味です。
買った時とはまた異なる、新たな興味が湧いてきて、図らずもその場で読みふけることさえあります。

積ん読に批判的な人がいますが、私は反論したい。そもそも、読書の目的って何ですか、と。
ジャンルにもよりますが、純文学を除けば私の場合たいてい、「好奇心を満たす」ために本を読んでいます。
医学に限らず科学全般、芸術、歴史、生き物、乗り物、食べ物、そのほか森羅万象に、好奇心が入り込みます。

好奇心を満たすことが目的なのであって、「読書」はその手段に過ぎません。
さらに、その好奇心を満たす目的を突き詰めてみると、結局は自己満足なのかもしれません。

本が手元に届いた瞬間から、もう私はワクワクし始め、すでに一定の満足感が得られていることに気づきます。

家を出発するときから旅のワクワクが始まるように、広義の読書の楽しさは、本を手にした時から始まります。
読み進んだらどんな世界が広がり私は何を得られるだろうかと、読まないうちから気分が高揚してきます。

装丁を優しく愛でた後、ページを開き、目次などに目を通し、そして本を閉じます。よし、そのうち読もう。
こうしていよいよ、積ん読が始まるのです。

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